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こどもの居場所 ピッピ (仙台の不登校で悩んでる親子のために)

ラジオ出演

2019.07.16 18:18

地元ラジオのエフエムたいはくに、

ゲスト出演させていただくことになりました。

今日収録に行って、パーソナリティの鈴木はるみさんと話しながら、

ときどき自分を俯瞰して、不思議に思いました。

二カ月前は、ただ、目の前の我が子のことで悩み苦しむひとりの母親だった。

それが今ではフリースクール代表として、メディアに出ている。

文科省の白書を読み、日本の教育システムについて、その問題点について考え、ラジオで話をしている。


今年の桜の季節が、一番辛かった。

次男が入学式翌日に「あんなところ、もう絶対行かない!」とピカピカのランドセルを置いてそう言った。

四年生になれば弟と一緒に学校に行けると張り切っていた長男も、

弟の「学校なんて嫌い。行かない」宣言で、心折れた。


自分の納得いかないことはテコでも動かない次男。

ただ休み時間に、自由帳にお絵描きする同級生たちを横目に、机の上で手持ち無沙汰に下敷きをもてあそんでいたことを

厳しく何度も叱責された。下敷きを置くまで。

入学初日。周りに知り合いもいなくて、不安でいっぱいの自分の気持ちを落ち着かせるためだったに違いない。

下校時間に迎えに行くと、補助の先生に駆け寄られ「お母さん!大泣きして、家に帰りたいと暴れて大変だったんです」と聞いて、

胸が張り裂けそうになった。


学校はいつから、こんなに息苦しい場所になってしまったんだろう。

子どもたちの一挙手一投足に、ダメ出しをし続けるような。


こんな空気の中で過ごしていたら、こどもの自己肯定感は地に堕ちる。

「他の子たちと同じように」を押し付けられて、自分を失っていく。

一番、感性の豊かな大事な時期に、こんな軍隊のようなところで過ごしていたら、脳が思考停止してしまう。

先生の言うとおりに動く子が評価され、

こどもが自分の頭で考えた疑問や考えは、大人数相手にテンパってる先生たちのキャパを軽々と越えて、行き場を失う。


こどもの主体性は剥奪され、好奇心の芽が摘まれていく。


学校のあり方に疑問を持ち始めて、

こんな学校、こどもたちが辛いのわかるぞ、と。

本来こどもたちは知りたがりで、学びたがりの生きものだったはずなのに、

四六時中、先生から大声をかけられ、集団として統率されて、

周りと常に比較され、競争させられ、追い立てられ。

自分の頭で考えて動けない、受け身で自信のない人間ができあがって行くのが目に見える。


そして、テストの点数や、運動の出来不出来で、友だちを格付け。劣等感から、失った自己肯定感を取り戻すために見下す対象を求める。

いじめの発生構造がよく分かる。


「みんな同じことを、同じペースで、同じように」という時代は、とっくにもう終わってるのではないか。

子ども一人ひとり、みんなそれぞれ違うのだから。


そんな疑問を持ち始めたので、

今の日本の公教育のありかたに異議を唱える教育研究家の方々の話に、ものすごく共感する自分がいて。


これは、文科省が「不登校を問題行動としてはならない」という通知を出したことや、

精神疾患で休職する教員が年間5000人以上いて、毎年100人ずつ増えていること、

などなどを知るにつけ、ますますその思いは大きくなり。


おかしいのは、こどものほうじゃない。

すべてのこどもが安心して楽しく居られない学校環境に問題があるんだと、気づくに至ります。


だって、近所の中学校、不登校50人だって。その隣の中学校もそんな感じらしい。


これを異常だと思わずに学校環境を根本から見直さないでいると、この国の未来は真っ暗なんではないか?


不登校の子は、時代のカナリアです。

危ない方向に向かってること、教えてくれてる。


どうにかしなくちゃ。



深夜に独り言。