鈴木一生氏(覚醒・至高体験)
以下に『さとりへの道―上座仏教の瞑想体験 』(春秋社)の中に記された、著者:鈴木一生氏の体験を取り上げる。
鈴木氏は、天台宗で得度し僧籍をもつ人だが、上座仏教と出会い、激しい葛藤の中で、これまで学んだ大乗仏教、とくに法華経信仰を捨てて上座仏教に帰依していく。著書には、その過程、またヴィパッサナー瞑想で目覚めていく過程が、具体的にわかりやすく記述されていて、興味つきない。
瞑想には、止(サマタ瞑想)と観(ヴィパッサナー瞑想)があり、心をひとつのものに集中させ統一させるのがサマタ瞑想だ。たとえば呼吸や数を数えることや曼陀羅に集中したり、念仏に集中したりするのはサマタ瞑想だ。
これに体してヴィパッサナー瞑想は、今現在の自分の心に気づくというサティの訓練が中心になる。 この違いが、彼の修行体験を通して具体的に生き生きと語れており、すこぶる興味深い。ヴィパッサナー瞑想の段階的に非常に体系化された修行法がわかって面白い。その一段一段で、彼がどんな風に悩み、それを克服して行ったかが克明に記され、サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の違いが自ずと浮き上がる。
ここでは、ミャンマーでの修行中に起こった「解脱」体験の部分と取り上げる。
◆「これは、もう、 言葉には表せない……」
その日、私はさらにまた不思議な体験を味わいました。そのころ、私の瞑想修行は正午に道場で座りはじめると、そのあと六時間ほどはまったく動かずに座禅瞑想に入るのです。ほんと うは、これもヴィバッサナー瞑想法としてはあまり感心できる方法ではないのです。ところが、 その日は座禅瞑想に入って二時間ほど経ったあとこれまで一度も体験したことのないほどの強烈なサーマディの感覚を味わったのです。それは最初、からだじゅうの毛穴という毛穴が逆立 つと言ったような感覚からはじまりました。それとともにこれまでクリアに観察できていた自分の呼吸が、どういうわけかそのときに消えてしまったとでも言えばいいのか、呼吸が消える とはちょっと考えられない状態なのですが、しかしたしかに、私のからだは呼吸をすることを やめてしまっていたのです。それと同時に、生まれてこのかた一度も経験したことのない、安寧な心持ちとでも言うのか、まるで法悦境に混るが如くの世界に自分がいるような気持――。 この世のできごととはとても思えませんでした。もしこれが天界というところなら、もうこのまま死んでもかまわない――そこまで思わせるような喜悦の世界だったのです。ほんとうは、そこでサティをしなくてはいけないのですが、あまりの法悦にその世界が消えてしまうことを恐れて、私はじっとその世界に遊ぶ心を楽しんでいたのです。
何ものにも代えがたい、強烈な喜悦の世界でした。心もからだも何も存在しない。一切の感覚がなくなって、これほどまでの喜びの世界があったのか、こんな境地にまで心は行くことができるのか。心とはなんとも不思議なものだ、と私は喜悦感にただ浸っていました。あのときの状態を、今もう一度ここで表現しようとしても、それは不可能だろうと思います。「心身脱落」と道元禅師は言われましたが、私の体験もまさにそれではないかと思ったものです。身体も心(呼吸)もまったく消滅してしまったあとの感覚と言っていい、まさに強烈なサーマディ の体験でした。
桃源郷に遊ぶとでもいうのか、あえて言えば、私は経験がありませんから観念的にしかわか りませんが、麻薬を一気に吸引したようなものであったと一言えるかもしれません。脳内モルヒ ネが大量に放出されていたのかもしれません。巨万の富、たとえば一〇〇億円と引き換えよう と提案されても拒否し、手放せないようなとてつもない安楽感でした。このまま死ぬことになってもまったく悔いの残らない、いや事実私はこのまま死にたいとさえ思ったのです。自分の呼吸さえ消滅してしまうとは、いやはやこれだけはだれにも、どう説明しても信じてもらえな いような現象を体験していたのです。
◆これを 「解脱」というのか
どのくらいの時が流れたのでしょうか。何分、否数十秒のことだったのかもしれません。時 の概念すら失念していましたからよくわかりませんが、呼吸が停止していたのですからたぶん数十秒だったのでしょう、私はふと、「いけない、サティしなければ」と気がつきました。今、自分はヴィバッサナー瞑想中だったのだと、それすらにも思いが行っていないことを知ったのです。
「ノーイング、ノーイング」と私はサティをはじめました。「ノーイング=知っている」とサティしたのは、おなかにも呼吸にもどこにも意識がいっていないために、サティする対象がなかったからです。肉体のどこにも存在感を示す部分がない、つまり一切の感覚がないために、サティを切らさず、言葉によって意識を集中するための手段として「ノーイング」という言葉 があるのです。
「ノーイング、ノーイング」とサティを再開するとたんに、この世のものとは思われないほど のあの喜悦感は嘘のように霧散し、すぐさまおなかの膨らみ・縮みの現象がくっきりと浮かんできました。えも言われぬ貴重な体験をした際であり、この機を逃してはならじとばかりに私はどこまで細かくサティができるものなのか目を凝らすような感じでおなかの動きに集中しました。おなかの膨らみが、それはまるで海の大きな波のうねりのような感覚を持って意識されます。"ずー、ずー、ずー”たゆとう海原を緩やかに押し寄せるがごとく膨らんでいき、最後はさざ波が細かく砕け散っていく様で頂点を迎えます。その刹那の鋼鉄のような鋭い膨らみのあとに、また波が海原に帰っていくように消えいるような、引いていくがごとくおなかの縮みが観察されるのです。その一瞬一瞬がまるでストップモーションの映画を見るようにひとコマひとコマずつ停止され、一刹那の動きも漏らすことなく心を凝らして観ていられるのです。
それは繰り返し、繰り返しされるのですが、前の呼吸の膨らみ・縮みと次の膨らみ・縮みは まったく異質の変化であり、違う変化となって認識されていきます。さざ波から大波になって おなかが太鼓のような膨らみに至ったかと思うと、次の瞬間にはパイプの水が息に押されるように飛び出していく。同じようであって、ただの一度たりとも同じ変化ではありません。まるで、そういう動きを私に見せることによって、この世の変化はただのひとつとして同じものはないのだと教えられているような気さえしてきます。
時間の経つことも忘れて、私は必死に、ただ興味深く観察をつづけていました。やっと気がつくと、夜の七時になっていました。ふだんは休憩を取るのですが、そのときはお昼から休みもなく七時間、まったくの座りどおしだったのです。
そろそろ歩行瞑想に移らなくてはと、私は立ち上がろうとしました。が、からだが動いてくれないのです。意識は立ち上がろうとするのですが、あまりのサーマディの強さによって、心が命令を発しないとからだが自由に動いてくれないというような状態になっていました。私は ゆっくりとまず、「立ち上がりたい」という意識をサティして、少しずつ足を動かしていきま す。
「立ち上がります」「立ちました」 こうして漸くのことで、私のからだは立ち上がることがで きました。なんと、立ち上がるまでに数分を要してしまったのです。その後も、細かいサティ の波が筋肉の微妙な動きを捉えて離そうとしません。ひとつずつ、ひとつずつサティをしながら、やっとのことで私は足を運んでいきます。足が床から少しずつ離れていく動き、その感触 をくっきりと感じながら足を床から離していく。サティの言葉だけを考えてみれば、「上がる、 上がる」なのですが、意識下で必要なことはその実感をできるかぎり細かく感じるということ なのです。ラベリングする言葉が問題となるのではなく、どこまで細かく実感し、それをサティできるかということが大切なのです。とにかく、私はそのときサティだけはしっかりやろう と懸命でした。
少しずつ、少しずつ自分の足を運んでいくエネルギーを感じるためには、それこそ一ミリ、 一ミリの足の動きに細心の注意を払って、そのエネルギーを感じようとしなければなりません。 からだの動きは緩慢そのものでも、一方のサティは機関銃のような速さと連続性をもってなさ れていくのです。足を降ろすときも、床に足が触れた刹那の感触をそれこそ電気が走るような感覚で察知し、サティする。かかとからゆっくりと降ろしていき、床につく瞬間のエネルギーを感じながら、一ミリ、また一ミリと降ろしていくのです。足の動きのなかで着地のほうは案外サティしやすいものですから、足を降ろす動きの感触をまるで楽しむかのようにサティしていきます。ちょっと矛盾するような表現でわかりにくいかもしれませんが、そのときの挙措の感覚を説明すれば、からだに重い石をつけたようなスピードで、しかしそれでいて軽々としたからだをスローモーションの動きでもって移動させていったのです。
その希有な体験をした翌日、私はセヤドーの面接を受けました。私は、うまく言葉が見つからずに表現もままならないので、体験の興奮と感動の一割も伝えられないようなもどかしさの説明でしたが、聞いていたセヤドーは、それは解脱の心境だと言うのです。「お釈迦さまは、そういう呼吸をしていないような状態で七日間も瞑想を楽しんだのですから、あなたも少しでもその状態が長くつづけられるよう頑張ってください」と言うのです。
あれが、あの体験が解脱だなんて! 私には、俄には信じられないことでした。
◆永遠の「解脱」を求めて
これまでまったく経験したことのないような、瞑想中の喜悦の体験。これを指導のセヤドーはこともなげに、解脱の心であると言うのです。私にはとても信じられないセヤドーの言葉でした。私白身、ミャンマーに来てまだ五ヵ月足らずであり、その間、瞑想修行ではさまざまな苦しみと疑問だらけのなかで、少しも上達していないという気持がありましたから、瞑想の最終的な目標である解脱など到達することはまだまだとてもできるはずがないと思っていましたし、また解脱とはこういうものだ、という解脱感覚を私のほうで勝手に決めているようなところもあって、ほんとうの解脱とはまったく感覚のない、それこそ何もない状態であると信じ込 んでいました。それに対して、私の体験したそれはこれ以上はないと思われる静謐のなかでの安寧と完全なる安らぎの世界でしたから、これは解脱などではないと判断していたのです。
疑心暗鬼の面持ちのなかで、しかしこれがほんとうの解脱なら、ぜひとも解脱したいものだと思ったりもしたのです。
後年、スマナサーラ先生の講演で、「真の解脱とは、一切の感受が無くなってしまう世界である」という説明を聞き、マハシ瞑想道場での"からだの感覚も心の存在もすべての感覚がなくなってしまった"あの体験はやはり解脱感覚であったのかと思い当たったものですが、それは後のことで、そのときは一向にそういうことはわかりませんでした。
しかし――! あの喜悦の体験は忘れることができません。あの安堵感、至福感をもう一度味わおうと、私は必死になってまた瞑想に励みました。あの希有な体験をもう一度味わえるのなら、自分がどうなろうとなんら辞さないという気持でした。
ところが、必死になって瞑想するのですが、二度とあの喜悦の心境には至りません。喜悦どころか、卒業したと自信を持っていたあの瞑想中の睡魔と妄想が再び私を襲ってきたのです。お正月の遊びの双六(すごろく)に、サイコロを振ったら「振り出しに戻る」というのがありますが、あれと同じで私の瞑想も元の木阿弥となってしまったようなのです。慌てて私はセヤドーに訴えました。セヤドーは顔色ひとつ変えずに、こう答えるのでした。
「心に何か希望を持てば、それは欲の心です。欲望があるかぎり瞑想はうまく行くはずがありません。こうなりたい、こうありたいとあなたが心に希うかぎり、それは二度と現れないでしょう。そういうことは一切気にせずに、ただ現れる現象を観ることです。呼吸がなくなった状態を欲しているのなら、その欲している心をサティするのです。瞑想がうまくいかずに苦しければその苦しい心は怒りですから、その心をサティすればいいのです」
ヴィバッサナー瞑想法とはなんと難しく、奥の深いものかと私は改めてそのときに痛感しま した。