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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

「健康」熊谷

2019.07.24 09:00


身体の健康は勿論、心の健康も叫ばれる。

何故、健康を分けて考えているのだろうか。


健康とは健が身体の、康は心の健康を指す。

つまり、健康それ自体が表裏一体、身体と心両面の意味を持っている。


では何故分けたいのか、あるいは何故分けて考えたいのか。

現代は、身体を観念的なものではなく物質的なものとして見るために、分けざるをえない。

別に目に見えないものを軽視しているわけではない。

目に見えるものを見えないものへの絶対的な証明の道具として、信用し過ぎているにすぎない。共通認識として採用しやすいだけだ。


何故か。

身体と心を目に見えないものと考える場合に、

ぶつ切りにして状況毎に独立させると説明出来なくなる。

今の状況だけ見て、心が不調だから心の健康が云々や心が疲れたなどの表現が身体とは独立して起きる。

全て流れの中の話なのだ。


そもそも心に疲れるという言葉は似合わないのではないか。

疲れは身体だけのものだったのではないか。


いつからその心は疲れてしまったのか

その心は擦り潰せる程柔なものなのか