Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

大地はいのち

2019.08.09 11:05

サティシュ・クマールがトランシルヴァニアで働く 2 人の農民に心を動かされます。

翻訳:浅野 綾子

アルニシュは、トランシルヴァニアのアプセニ山地の麓にある丘陵地帯に抱かれた、ルーマニア人とハンガリー人の住む小さな村。おとぎ話のような森と実り豊かな農地に囲まれた、果樹とくるみの木が生える、小さな憩いの地です。村と西欧の境となる山地では、今でも、クマやオオカミやオオヤマネコが広大に広がる自然保護区を歩き回ります。東側にあるなだらかに波打つ丘陵地では、小さな自作農家が何世紀にもわたり農耕をおこなってきました。ロビンとラース・ベラート (Robyn and Lars Veraart) が2012年に「プロヴィジョン(Provision:糧食)」を築いたのはこの地でした。

 今日でも、家族全員が一緒に農作業を行い、干草を集め、自給農業を構成する様々な要素を受け継ぐ姿が見られます。そのおかげでアルニシュは、プロヴィジョンに訪れる人たちがトランシルヴァニアの見事な自然の情景を味わい、さらにはその伝統的な暮らしを見て体験できる素晴らしい場所になっています。

 ラースはホリステイックで自然な医療に関心があるオランダ人の獣医です。ラースは、カルパティア山脈の小規模農家を対象にして、民族獣医学の調査を行っています。現代の薬学と医薬品が世に出る前に、こうした農家が家畜をどのように手当てしたのかを知ることが目的です。調査をする中でラースは、小さな家族農家に豊かさや美しさを見出し、引きつけられました。ラースは獣医として西欧の大規模な工業型農場で働いていましたが、その違いは天と地ほどの差がありました。彼はこう言いました。「ルーマニアのこうした農家のつくりには、ただただ感心しました。小さな農家には 1 軒残らず平均して5分の1ヘクタールの面積があり、屋根裏部屋と地下貯蔵室、納屋と離れ、果樹と家庭菜園のスペースがあります。全部の農家に屋外トイレと井戸がつくられています。入会地は、今でも村民が管理することが多いです。自然は美しく、きれいな空気や水が満ち、土には微生物が豊富にすみ、多様な生き物がいる。こうしたことにも魅力を感じました。いまでも活気のある小さな農家のコミュニティに落ち着いて、その豊かな知識を学んで吸収し、村のコミュニティの中に入り込みたいと思いました。トランシルヴァニアは、ヨーロッパで今でもこうしたことができる場所なのです。小さな農家の知識を『つかまえて』、実践したいと思いました。」

 「近所の人たちから学んで 2、3 年が経ち、この知識がとても貴重だということに気づいて、こうした情報が欲しいと熱心に探し回っている他の人たちにも伝えたいと思いました。たくさんいることは知っていたのです。地元の村の人たちが行っていることは価値のあることだという事実を、村の人たちにもっと気づいてもらう助けになりたいとも思いました。それで『プロヴィジョン』を作ったのです。自給生活のための小さな、私的な学校です。この学校を通して、小さな農家の知識と知恵の輝きが広がり、未来のフードシステムに貢献できるかもしれません。」

 「ロビンは、自分の家系にこの地域出身の系統が 1 つあることを知っていました。ですから彼女は、この場所にいることで時を隔てた自分の先祖と再びつながっていると感じています。先祖は深い知識と、ひらめきと力の源なのです。」

 ロビンはアメリカのコロラド州にあるナロッパ大学 (Naropa Institute) で音楽と心理学を学んだ後、大規模な女性刑務所でカウンセラーとして働きました。そこでロビンは、多くの収容者のためにヨガと瞑想の場を提供していました。彼女は学問と仕事の両方を通じて、数多くの様々な人たちやシステムからインスピレーションを得てきています。ロビンとラースは仕事から長期休暇をとり、その間を利用して、一緒に長旅へ出ました。世界中のエコビレッジやインテンショナル・コミュニティ [意図的につくられたコミュニティ] を見るのが目的でした。この旅はロビンとラースにとって大きなインスピレーションになりました。長旅の間に、様々な生活を経験し、彼ら自身に必要なことを吟味でき、すべてのものが繋がりあうあり方についても考えを深めることができたのです。

 「2人ともジョン・セイモア (John Seymour) やヘレン&スコット・ニアリング (Helen and Scott Nearing) の本を読んでいました」とロビン。「ティク・ナット・ハン (Thich Nhat Hanh) やペマ・チョドロン (Pema Chödrön) の作法にならって瞑想もしていました。ヘレナ・ ノーバーグ=ホッジやアンドリュー・ハーベイ (Andrew Harvey) も読んでいました。それから、ラ・ボリ・ノブル (La Borie Noble) を訪れました。マハトマ・ガンディーの弟子であるランザ・デル・ヴァスト (Lanza del Vasto) がアーク・コミュニティ (Arche community) を創設した、南フランスにある場所です。この場所が 1 番インスピレーションを受けた場所でした。2 人とも大好きな音楽やダンス、あこがれていた高い精神性、自分たちが納得できる自発的な清貧生活や食料生産、こうしたことについて私たちが探していたものがそこにはあったのです。」

 ラースは「大地を身近に感じる暮らしをすることで、いのちの基礎となる要素(土、水、空気、火)と再びつながれる可能性が生まれます。また、生活に基本的に必要な食べものや衣服、住まいを生み出すことに直接関われる可能性についても同じです」と言います。「循環経済として農場で自分たちの食べものを育てたり、そこでの生活に取り組んだりすることによって、はり巡らされたいのちの網に自分たち自身が編みこまれます。時が経つにつれて、自分たちがこのいのちの網につながっていることを一層深く気づくようになりました。自分たちの行動と、それが環境にもたらす影響の関係が、もっともっとはっきりと見えるのです。土や水、空気、火、そして食べものとのつながりを持つとき、私たちは自分の内面や自分たちを取り巻くコミュニティと直接つながります。私たちにとって、自己の内面と、自分たちを取り巻くコミュニティを切り離すことはできません。私たちの生き方は、自己の内側と外側の世界を1つにすること (integrity) です。思いと言動を一致させることを進むべき道として生きるのです。土を手入れしながら、有機栽培で自分たちの食べものを育てることは、私たちにとって重要なことです。自分たちの存在、互いの存在のかかわりあいに関係するすべての物事に手をかけるべく、力が及ぶことなら何でもします。これは私たちにとって精神性を高める修行なのです。プロヴィジョンでは食べものに力を入れています。国際社会に向けた現在の食料生産のあり方は、人間性に対する最大の共有課題の 1 つだと私たちは考えています。自分たちの食べものを育てるという行動は、今の時代における『ガンディーの糸紡ぎ』だと思います。」

 プロヴィジョンは、自然、土、食べもの、人の内面、そしてコミュニティを再びつなぐ場所です。そこでは教えの焦点を、アグロエコロジーや非暴力や創造的芸術、またそれらの周辺事項に置いています。その目的は訪れる人たちを触発することです。そうすれば、訪れた人たちが教えをさらに自分自身の生活や仕事に持ち込んで、人や地球をもっと健康な状態にできるかもしれないからです。

 ロビンは続けました。「この場が目指すつながりの回復を求め、自分の知恵や技術を分かち合うことに意欲的で、非暴力を実践する小さな自作農地という生きた手本からインスピレーションを得ようと望んでいる学生、活動参加希望者、教師、ツーリスト、ボランティアを歓迎します。ここではあらゆるコースやワークショップ、講座、会合、つどい、楽しいイベントを用意しています。4月から10月にかけてはボランティアを受け入れています。場所が限られているので、心の内側と外側の世界を融合する作業をいとわない人たちに限りたいと思っています。」

 大地と調和して巧みに生き、そうすることで心に平和をうみだす技。私の心を動かしてならないのは、この生きた手本なのです。

詳細は www.provisiontransylvania.com へ。

サティシュ・クマールの新著「Elegant Simplicity」は New Society Publishers から出版されています。

315: July/August 2019