【インタビュー】奥山 巧さん - 弥富市教育長
弥富市は、現在8校の市立の小学校と3校の中学校があり、約3,600名の児童生徒がここで教育を受けています。
弥富市が目指す児童生徒像は「一人一人が輝き、よく学び 心豊かで たくましい 弥富の子」(弥富市学校教育方針より)。
弥富市の小学校や中学校の教育に関することを詳しく教えていただくため、新ライターの美咲さんと共に教育長の奥山さんを訪ね、特徴や課題、将来像などを伺いました。
(取材日:2019/7/25)
■ご経歴など
奥山 巧 さん(65歳)
- 昭和29年(1954年) 兵庫県豊岡市生まれ
- 昭和53年 愛知県教員試験に合格。舟入小学校(蟹江町)に赴任。弥富市鯏浦に下宿
- 十四山中学校、蟹江中学校、神守中学校の教員を歴任。弥富市内の平島や佐古木に住む
- 平成13年 愛知県総合教育センター
- 平成17年 暁中学校 教頭
- 平成20年 十四山中学校 校長
- 平成26年 名古屋経済大学 高蔵高校
- 平成28年10月 弥富市教育長 就任 現在に至る
- 小学校、中学校、高校、県職員、市職員を歴任した類まれな経験の持ち主
- 趣味は野球
■3つの特徴「平和教育」「防災教育」「英語教育」
-- (コジロウ、美咲さん)今日はよろしくお願いします。教育長のお立場もあると思いますが、今日はぜひともフラットに教育者 奥山さんとしての思いも伺えればと考えています。
-- 弥富市の小中学校の教育の特徴を教えてください。
(奥山さん)そうですね、特徴としては「平和教育」「防災教育」「英語教育」が挙げられます。
平和教育としては、8年前から実施している広島研修があります。
「平和都市宣言」をしている弥富市としての具体的な施策として、平和について学校で学ぶ機会を設けているものです。
この研修は、中学2年生を対象に市内の中学校3校合同で1泊2日間にて行っています。
対象の400人弱の生徒がほぼ全員参加し、不登校の子もこの研修には参加してくれます。
-- 修学旅行とは別に研修があるのですね。広島研修の行程を教えてください。
1日目は平和公園に行きます。ボランティアの語り部さんと共に、10〜15人1組で園内を散策し、当時のことを聞きながら、悲惨さを感じ取ります。
昼食では、「しげるちゃん弁当」と名付けられた、麦ご飯や切干大根、豆だけの当時の弁当を再現したメニューを摂ります。
そして、持参した千羽鶴を「平和の祈りの塔」に供えます。
その後、原爆ドームを見学し、学校によっては平和の歌を歌います。
続いて、フェリーで江田島に渡ります。1時間ほどかかりますが、その瀬戸内海の景色がとても美しく、生徒も騒がずにじっと景色を見つめ、1日目の見たもの聞いたものがスウーと心に入ってくる感じがします。
江田島には国立の宿泊施設があり、ここで「被爆ピアノ」という被爆時の傷やガラスの破片が刺さったまま保存されているピアノを使った演奏鑑賞会を行います。
プロの歌とピアノ演奏を聴き、お返しに自分たちの合唱を捧げます。やがてこの空間は歌手と演奏者、そして生徒と教師が平和への願いという共通する心で浄化されていきます。
2日目は広島に戻り、原爆資料館をじっくりめぐります。学校によっては呉の大和ミュージアムなどを散策します。
研修後は、感想などを各自がまとめ、クラスや全校、PTAに向けた報告会を開催しています。3年に1度は市民向け報告会も行なっています。
広報やとみへの掲載も行いました。
事前学習もしており、「修学旅行の一部」ではなく広島で平和を学ぶことを目的にしていきますので、地元ボランティアの語り部さんからも弥富の生徒は態度がよく、しっかりと事前学習をしていると評価していただいています。
-- 生徒からの反応はどうですか
命や家族、人道、自分のアイデンティティといった生きる上でのベースになる大切なことを肌で実感して経験できたことが、貴重な体験になるようです。
研修直後の感想でもそのような記述がありますし、成人式の後に20歳になった子たちに聞いても、それが人生の大切な気づきになったと言ってもらっています。
また、3校合同ということで、中学校は違っても同じ研修を経験していることで、違う中学校出身の友人とも、その後の高校進学時や市内で会った時に共通の話題となっているようです。
教員から見ても、広島研修の開始後は、問題行動や非行が減っており、派生効果を強く感じます。
人道にかかる面での教育が伸びることは、戦争教育だけではなく、災害における助け合いの精神にも繋がっており、防災教育にも役立ちます。
-- 平和を学ぶことが、人生を見つめることや防災にもつながるのですね。防災教育についても詳しく教えてください。
防災に関する教育は昔から取り組んでいます。地震に対する避難訓練が主だったのですが、2011年の東日本大震災以降は津波・水害を想定した訓練を加えて強化しています。
小中学校のある地域コミュニティを合同で行う合同避難訓練が特徴的です。児童生徒に限定した訓練ではなく、保護者の方々やその地域に住んでいらっしゃる方々を巻き込んだ訓練をしています。
日の出小学校の学区で先日開催した際は、大人800人を含む1,300人が参加した訓練となりました。早朝に津波が発生した想定での訓練で、日の出小学校への避難を行いましたが、人数が多くて想定以上に時間を要しました。
大人800人でこの状態でしたが、実際には8,000人が住むエリアであるため、「現実では今回の10倍の人が避難します」ということをお伝えし、避難の難しさや訓練の重要性を理解していただきました。行政側としてもマニュアル等を整備し、確実な避難ができる取り組みも必要と考えています。
また、非常時持ち出し袋に入れるものの見直しができたという反応もありました。
-- 児童生徒と地域の大人の合同訓練ならではの特徴はありますか。
児童生徒を含めた合同避難訓練の良いところは、大人だけの自主防災訓練に比較して、児童生徒や保護者の参加率が高く、参加者が多くなりやすい点と、訓練実施中に子どもが避難する様を見て大人もしっかり避難するという点です。
東日本大震災の際に多くの児童が避難できた釜石では「津波てんでんこ」という習わしが浸透していました。津波が起きたら、みんな散り散りばらばらに一目散に逃げろ、というような教えです。
気恥ずかしさや正常バイアスがあり、大人になってから「逃げなくてはいけない」ということを教えられても、頭ではわかっていても逃げない。自分たちは大丈夫と思ってしまう。
これを小学生のうちから「とにかく逃げる」ということを教えていきますと、子どもは素直に逃げます。子ども達が逃げる様を見て、流れとして大人も一緒に逃げます。
こうした取り組みが大切ですね。
-- 特徴の3つ目、英語教育を教えてください。
はい、英語の教育には力を入れています。
小学校と中学校が連携してカリキュラム等を設定して、弥生小学校などでは英語授業研究を行い、独自の教材を作って、他校に配布もしています。
英語がネイティブのALT(外国語指導助手)さんを2校に1名割り当て、小学校で週2時間程度、中学校で週4時間程度授業をしており、ネイティブの英語に触れる機会を作っています。
また、日本語を話す児童生徒への英語教育とは別に、外国人等の「日本語指導を要する子ども」への日本語教育も力を入れています。
弥富市内は、過去はブラジル人が多い地域でしたが、近年は弥生学区、桜学区、大藤学区等で多国籍化が進んでいて、50人ほどの日本語指導対象の子たちがいます。
74言語を簡単に翻訳するポケトークという機器を10台導入しまして、日本語指導に活用しています。
いわゆる「日本人」よりも他国の方々は嬉しい時悲しい時の感情を表すことが長けていると感じます。
学校でも卒業式を迎えると、日本の子と外国の子たちが友達同士で寂しさから泣きあっている場面を見ることが増えました。
外国人だからという理由でのいじめや生徒指導は起きていません。
こうしたことは、心が通じ合い、優しい心を育てていくことに強く結びついていると思います。
■多様な子どもが活躍する環境を作る
-- 弥富の教育現場が抱える課題はありますか
不登校の問題があります。30日以上学校に来ない子が50人程度。
不登校になる原因は単純なものではありませんから、しっかりと向き合って対応していく必要があり、解決の難しさがあります。
近年は「依存症」が増えており、スマートフォンやパソコンでのYoutube視聴、ゲーム、SNSなどに過度に依存してしまい、深夜までやって朝起きられず、不登校になるケースがあります。効果的に依存を断ち切ることが課題です。
また、適応障害という要因もあります。弥富市適応教室「アクティブ」等による適応教育を通じて高校に行き、就労する子も多く出てきています。
必ずしも「学校に通うこと」が唯一の解ではないと思います。ひきこもりを防止し、就労できる人を育てるということも解の1つでしょう。
コミュニケーションが取れて自立できる環境を目指して、整備して行きたいと考えています。教育は将来への投資ですから。
-- 様々な支援施設に興味あります!こちらもまたぜひ取材させてください。
特別支援の環境は、知的障害以外にも身体障害や発達障害なども含めて多くの障害に対応できる手厚い支援環境を整備しており、特別支援学級を担当する教員以外に支援員さんも配備しています。
多様な児童生徒が適切な教育を受けられる環境を引き続き充実させたいですね。
少子化による学校の統廃合の問題も大きくありますが、こちらは保護者や市議会、行政、地域の方々と連携して検討を進めていきます。
-- 新指導要領や、定期テストを設けない学校など、新しい教育のカタチが全国的に注目されていますが、弥富市の教育の将来像は?
前期・後期制を導入する学校が他市町村では存在していますが、弥富市においてはこれまでの教育の良さは残し、3学期制を維持することを考えています。
一方で、いわゆる講義形式だけの授業をするのではなく、児童生徒が主体的かつ対話的に参加するワークショップのような授業の形にする授業改革を行います。
これは先生の負担が大きく、授業のファシリテーションがとても重要になります。予め用意した形で進んでいく講義形式とは異なり、シナリオを研究することが必要になってきます。
教員の労働時間は既に長く、今ある仕事を改善する上にさらに新しい取り組みもやるとなると、抜本的な働き方改革を進める必要があります。
先生同士での研究会を開催したり、ベテランの教員が新任教員の授業を月次程度で指導に回るという取り組みは始めています。
核家族化が進み、共働きの家庭も一般的になっていますから、家での対話の機会が減っています。学校がそれを支え、学校での対話の機会をもっと増やしていきます。
-- ありがとうございました。様々な課題に対応しつつ、弥富市の特徴的な教育方針や新しい教育に取り組まれているのですね。
-最後に、奥山さんにとって教育や弥富市とは?
教育は「質」ですね。質の高さをいつまでも追求していきたいです。
弥富市は、人に優しいまちであってほしい。
平和教育、防災教育、英語教育など様々な取り組みを通じて、暖かく優しい心を持った人が多く住む「人に優しい弥富」にもっともっとなれるよう教育の場から目指していきます。
-- 今日は様々なお話をしていただき、ありがとうございました。
■美咲さんの取材後記
広島研修のお話が印象的でした。中学2年生の思春期真っ只中、子どもから大人へ向かう大切な時期に、命について考える時間を持つということ。そして同級生全員と分かち合うことができるということ。素晴らしいと感じました。自分の子どもにも早く体験させてあげたいです。
広島研修が始まってから、学生の素行が良くなり成人式も落ち着いた、という話を聞いて、学校生活が子どものアイデンティティに直結していることを実感しました。学校教育を"平和な街づくり"という大きな視点で捉えることができたのも、勉強になりました。
それに加えて、支援が必要な子、日本語の勉強が必要な子、学校に行かない選択をしている子、それぞれに合った教育環境が準備されていて、一人一人に寄り添う優しさも感じ、胸が温かくなりました。
指導要綱の改訂に伴い、学校教育が多様に変化していく中で、現場の先生方の絶え間ない努力があってこそですし、それをサポートする市の体制にも感謝です。保護者と学校が連携し、子どもにとってより良い学校づくりをしていきたいです。
そして、奥山教育委員長の気さくな人柄と、教育に対する熱い想いに触れられたことが、何よりでした。本当にありがとうございました。
■弥富市教育委員会 (総合社会教育センター内)