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画家のノート

ゆっくりな色がうまれるまで①

2019.07.30 20:31

木々が形を変えて行くように…

私も作品も形を変えて ここにいます。

今日は、絵を描き始めた頃…20代から30代の事を書きたいと思います。

◻️ クレヨン一線が LOVEと嵐と私 + 鴻来有希


1993年春…

初めてのアトリエは、東京(目黒)にある染物屋さんの2階でした。4畳半、美しい光、静かな時間、押入れと小さな水場があるだけの場所でした。その後、横浜の一軒家に移りました。繊細な自然光と照明の光、静かな時間、猫、沢山の部屋と沢山の押入れ…自分以外 何不自由なく描くための生活を送っていました。


20代から30代…

最初の10年間は、赤と青の2色の油絵の具を大量に使い、存在をテーマに「赤と青の空論…」というシリーズを描きました。100号サイズの絵画を天井から吊るして展示をしたり、その頃は大掛かりな作品ばかりでした。

その後、沢山の色を使って描く多色作品を通過して、単色作品「やわらかな嘘…」シリーズに入っていきました。

両シリーズは油彩画でした。

◻️赤と青の空論シリーズ + 多色・やわらかな嘘シリーズ / 立体的な絵画 やわらかな目


20代から30代…猛烈に!油彩画を描いていました。


2007年頃…

猛烈に描いた結果、長時間の制作と油絵の具…特に速乾性の画溶液の大量使用と乱用で、私の身体は中毒症状を起こしていました。

ある時まで、その事に全く気がつきませんでした。

心(感情)だけ見つめ描いて、身体の変化!身体の叫び!に全く気がつきませんでした。

息切れ、めまい、足の筋力低下、幻覚… 乱酒…意味不明…

1番近くにいた家族には、とても辛い思いをさせてしまいました。

一緒にいた猫のエンッオも失いました…

シンナー中毒だったと思います。

中毒を理由に…

2009年、アトリエを横浜から葉山へ移し、

身体への有害性を極力避けるために画溶液で溶く油絵の具から、水で溶くアクリル絵の具へ…大きく舵を切りました。




その結果、海へたどり着きました。


海まで2分のアトリエ!

海辺のアトリエとアクリル絵の具…それらと一緒に絵画の制作活動を再スタート!しました。


同時に、アクリル絵の具に海辺の砂をあわせて描くゆっくりな色の画法も始まりました。

新しい画法が始まったことに気がついたのは、1年半後のこと…

私はいつも 後になって気がつき…


次回、ここから先を書きたいと思います。

□猫のエンッオ

いつも一緒でした。

偏りすぎた私に 、優しい愛を教えてくれたのはエンッオでした。

大切なことは 猫に教わった…

まちがいない…笑!

いつか、エンッオとの日々を書きたいです。


 つぶやき

油彩画と水彩画の違いは、油彩画は 身体を守るために やってはいけないことの基本的な知識を持つ必要があるという事なのかもしれません。