Okinawa 沖縄の旅 Day 01 (02/08/19) Flight from Tokyo to Naha 羽田空港から那覇へ
Flight from Tokyo to Naha 羽田空港から那覇へ
7月31日午前8時15分のフライトを寝過ごしてしまい自転車を分解梱包する時間が見込めないので、この日に沖縄那覇への移動は断念した。このフライトの変更ができるかJALのマイレージサイトで確認するが、どうもインターネットではフライト変更が出来ない様だ。電話で変更が出来るか確認をしようとしたが、電話受付は7時からでまだ時間がある。時間まで変更したい空きフライトをチェックすると8月2日の17:15が一席のみ空いている。これに変更できるかどうかはわからない。電話受付が開始するのが7時でフライトの約一時間前。こんな直前に変更ができるか不安を持った。7時になって電話すると、自動応答で混んでいるのでキュー街状態、5分過ぎてもまだつながらない。焦る。マイレッジの無料フライトなので、無駄になっても良いと思い、思い切って8月2日のフライトを別に予約した。これで、取り敢えず那覇へのフライトは抑えられた。このピークシーズンにフライトがとれただけでもラッキーだが、元のフライトが帰りの便に変更できれば更に良い。やっと電話が繋がった。事情を話すと、マイレージでは経路変更が出来ず、行きのフライトを帰りのフライトには変更できないという。では行きのフライトキャンセルできるかと聞くと、親切にも、先程予約したフライトをキャンセルして今のフライトの変更で新しいフライトを抑えてくれると言ってくれた。電話が混んでいた事なので、キャンセル料や変更料は取らないと言ってくれた。有難い。寝過ごした事以外は全て上手くいった。結局土肥さんが7月1日に那覇入りなので、こちらが1日遅れの那覇入りとなった。
東京に新しいフライト日まで2日余分の滞在となり、結局東京には二週間もいる事になってしまった。まだ完成していない瀬戸内山陰の旅日記の続きと図書館で沖縄関連の本を読んで過ごす。
そして8月2日の朝となった。宿から羽田空港までは30キロある。この猛暑の中30キロは結構辛いにで、歩道の日陰を、ゆっくりと走る事にする。3時間かけて羽田空港近辺まで行き昼食をとり、羽田空港に1時に到着。自転車をばらし梱包には充分時間がある。羽田空港の交番横に自転車を止めて作業に入る。交番のお巡りさんにその旨を伝え自転車を止める事に了承を得た。これで少し席を外しても安全。今回は余裕があるので、自分でも感心するほど完璧に梱包出来、ちゃんと自立できるようになっている。この方法を今後も覚えていればいいのだが、梱包するたびに少しづつちがう。
チェックイン。自転車のチェックインは通常の何倍もかかるので、カウンターのJAL係員と世間話をしながら官僚を待つ。重いものを手に手荷物の方に入れたが、それでも26キロで6キロオーバー。超過料金2400円を払う。航空券は無料なので、これでも安いものだ。この時期だと片道2万円は超えるので10分の一の出費で済んだ。
土肥さんからメッセージが届いていた。那覇は天気が荒れ模様。雷やスコールが断続的に起こっている。自転車走行での移動は危険なので、開梱せず運んだ方が良いだろう。一人では大変なので空港まで手助けに来てくれるという。いつも気を使ってくれる。こころ強い限りだ。フライトは使用機器の到着が遅れ、出発が20分遅れ、更に航行で20分遅れ、予定より40分の遅れでの到着となり、9時近くなった。
荷物受け取り場。沖縄感が漂う演出。
出口で土肥さんと合流して、安全のためにタクシーで土肥さんのアパートに向かう。
暗くてよくは見えないのだが、那覇は少し日本の風景とは違って外国にような雰囲気がなんとなく感じられる。明日からそれがなぜなのかが少しづつわかってくるのだろう。
アパートに到着後、土肥さんと遅い夕食にで、沖縄の郷土料理を食べ、アパートで宴会をといっていたが、着いた後は知らぬ間に寝てしまっていた。
アパートからの那覇。ゴミゴミしている感がある。
沖縄に来たのはもちろん、沖縄を自転車で見てみたい事もあるのだが、土肥さんの地域活性化のビジネスの手伝いがもう一つの目的だ。2ヶ月程の滞在になるので、ゆっくりとみて回ろうと思う。ここ一週間は、捻挫した足首の調子がまだまだ元に戻っていないので、無理をせず養生しながら計画作りを行う。
とにかく、沖縄生活がスタート。何が起こるのか楽しみだ。