アメリカのSTEM教育は何を目指しているのか?
世界的に「STEM教育」の重要性が注目を集めており、日本でも実施されてます。
高校生のレベルでのOECD諸国の世界比較では、日本が科学分野で世界トップに位置付けられていて、数値上はアメリカを大きく引き離しています。しかし、数学や理科の点数が高いだけでは、イノベーション産業が生まれないのも事実です。イノベーションを起こし、新たな産業を生み出すアメリカにおけるSTEM教育は、いったい何を目指して教育されているのか?
※STEM教育とは、Science, Technology, Engineering, Mathematicsの頭文字で、科学技術・工学・数学分野の教育を指します。
◇TSAに見るアメリカSTEM教育
Technology Student Association(通称TSA)は、STEM教育に従事する学生(中学生・高校生)の全米組織で、25万人以上がメンバー登録されてます。
TSAは、競技会や関連プログラムを通じ、自己開発やリーダーシップ、STEM教育でのキャリアアップの機会を学生に与えてます。
それは、地域や州や国の様々な課題を発見して解決まで行い、住みやすい場所となるようにするために、主導権を取りリードしていくような人に育てるためのSTEM教育となっています。
つまり、与えられた課題を解決するという、いつも正解を探しだすオールドタイプではなく、身の回りの課題を見つけ出し、自らで解決へと導くようなニュータイプを生み出すための教育となってます。
◇TSA競技大会(2019年高校レベル)の一例
ハイスクールクラスのTSA競技大会の一例ですが、各分野ともこれからの時代に必要そうな能力を競う内容となってます。
競技分野は、
・3Dアニメーション
・アニマトロニクス
※動物や架空生物などについて、形や動きを細かく再現するロボットや製作技術
・建築設計
・バイオテクノロジーデザイン
・ボードゲームデザイン
・チャプターチーム
・STEMに関する子供向けストーリー(物語、散文、詩)
・コーディング
・建築CAD
・機械CAD
・CIM
・サイバーセキュリティー
・技術的な問題の議論
・デジタルビデオ制作(公共サービスに関する内容)
・Dragster Design
・工学設計(米国工学アカデミーのグランドチャレンジのソリューションを開発)
・研究エッセイ
・即興テクノロジースピーチ
・ファッションデザイン、ファッションテクノロジー
・航空
・法工学、法科学
・技術教育者になるための資質
・IT Fundamentals
・音楽制作
・オンデマンドビデオ制作
・デジタルカメラ技術(撮影、グラフィック編集)
・プレゼンテーション
・プロモーションデザイン
・Scientific Visualization(SciVis)(科学的可視化)
・ソフトウェア開発
・構造設計
・物流エンジニアリング
・システム制御
・テクノロジーの問題解決
・物流モデリング
・ビデオゲームデザイン
・ウェブマスター
と実社会に必要な能力も含め、競技分野は多岐にわたってます。
例えば、一番初めに書いている「3Dアニメーション」の競技課題ですが、
『ハイエンドテクノロジーばかりが溢れている世界では、過去の歴史を振り返ってみるのはいつでも面白い。歴史上、人間が比較的短い時間でどれだけ進歩したかを見るためです。
工学においては、古代エジプト人、ギリシャ人、ローマ人、中国人が考案した偉業の数々は、その当時は魅力的で刺激的でした。
2019年のこのイベントの競技参加者は、歴史の本を深く掘り下げて、昔からの好奇心旺盛なデバイスや仕掛けに焦点を当てたアニメーションストーリーを作成します。ファンタジーまたは現実に基づいて、ある種の奇妙なダヴィンチ風のように作成します。
デバイスには可動部が必要で(例:車輪を回す歯車のハムスター、またはデバイスのさまざまなコンポーネントを動かす蒸気駆動エンジン)、そこを強調する必要があります。
ただ単に3Dアニメーションを作るのではなく、マシンの詳細と、ストーリーが存在する環境について、「このデバイスの詳細とストーリー(どこから来たのか、何をするのか、そもそも、なぜ存在するのか)など」チームは創造性を発揮させなければなりません。
音楽とサウンドは最終的なアニメーションの一部ですが、サウンドと音楽など、使用するすべての音楽は、オリジナルの作成のものであるか、または、許可(適切な文書を文書ポートフォリオに含める必要があります)を得たものでなければなりません。』
とのように、理系科目だけの偏った知識では競技に勝てません。歴史からくる想像力や、製作物にストーリー性を込めるイマジネーション力も必要です。
日本にはまだ浸透していない「法工学、法科学」の分野も、アメリカでは数多くの民間企業が存在し、産業となっているため、実社会に必要な分野といえるでしょう。
科学分野の裁判に関する内容は法科学。医学に関する分野は法医学。工学に関する分野は法工学で、事故や故障などの原因を科学的に調査し、分析し、原因を突き詰めて、裁判で必要な内容を文章や証言などアウトプットします。
この分野の競技課題は、
『基本的な法工学、法科学理論の筆記試験を受けます。セミファイナリストチームは、模擬犯罪現場を調査し、法医学および犯罪現場分析の知識を実証します。学生は現場を調査し、模擬犯罪現場から証拠を収集するために適切な技術を使用することが期待されます。その後、学生はデータを収集し、犯罪現場の詳細な文書分析を実行します。』
と、まるでテレビドラマのような内容を、科学や工学知識を駆使して解決するまでを競い合います。
「ファッションデザインとテクノロジー」分野の2019年のテーマは、「CosPlay」です。
競技課題は
『コスプレとは、映画、本、またはビデオゲームのキャラクター、特に日本の漫画やアニメのキャラクターと同じ衣装を装う文化または習慣です。各チームは、コスプレのテーマに合わせて3つの衣服を一から設計して製作する必要があります。コスプレ衣服は、キャラクター、映画、漫画、書籍に基づいて作成できます。』
となっており、一見STEM教育とは異なるように思えますが、ファッション産業も平布から立体成形する技術産業です。平鉄板から立体加工して自動車を作る工程と同じと言えます。そのファッション産業においてコスプレ衣装を作り出す技術を競い合う事は、この産業の一部にコスプレが分野を拡大していく事を、予測しているのかもしれません。
「STEMに関する子供向けストーリー」の分野も、ただ創造性を働かせるだけではなく、社会の課題解決に寄与する競技テーマとなってます。
競技課題は、
『障害のある4〜7歳の子供向けので、絵本体験を豊かにするために、触覚および聴覚によって本の情報を脳内に伝達させるための機能を備えた本をデザインします。』
と科学技術が社会の課題を解決するための内容となってます。
◇グローバル経済で勝てる産業人を育てるためのSTEM教育ではない
「古い時代の産業から新しい時代の産業に変化するため、その新しい産業を生み出す人材を育てないといけない。」といった、まるで次世代のGAFAを創出する理系エリート人材を育成するためには、STEM教育が必要だ!
というイメージが日本にありますが、アメリカはそうではありません。
大量生産時代の「グローバル市場を如何に牛耳るか」というグローバル資本主義の時代から、「金融の力で産業を育て規模を最大化させて市場を取る」という金融資本主義の時代へと変化しました。
様々な投資家は、次世代のテクノロジー系企業に投資をしました。その中心となったのが、ベンチャーへの投資銀行が数多く存在するサンフランシスコからほど近いシリコンバレーです。
そこでは、新たなテクノロジー系ベンチャー企業が、次々に巨大化していきました。
今のアメリカは、その金融資本主義から次の段階にシフトしようとしています。
社会の変化が激しい時代です。
シリコンバレーの巨大企業は、次々にシリコンバレーから移転してます。
変化とともに重心は移動します。
S&P500を構成する企業は、まさにアメリカを代表する企業です。
50年前は、S&P500の平均寿命は約60年と言われていましたが、今日では20年です。今後さらに平均寿命は短くなるかもしれません。
◇どこへ向かうのか?
金融がより大きな資本を生み出すことで、アメリカ経済は更に成長しましたが、そこには大きなリスクがありました。
他国の経済危機が、自国経済に大ダメージを与える。
これは、綿密に繋がっているグローバル金融資本主義の時代に、他国政府や他国の巨大企業の失敗が、自国経済に大打撃を加えるため、自国民の生活を脅かす脅威は他国であるという、コントロールし難いリスクとなります。
できるだけリスクを避けるために、グローバル経済から国内経済へ少しでも多くシフトすることが、世界金融危機のリスクから自国を守る事となります。
そのため、自国中心の経済となったとき、自国内課題や問題の解決が、これから最も必要とされます。
自国内の地域経済格差や、貧富の差、人種差別などアメリカには多くの課題や問題があります。
その課題を発見し、解決まで導く人が、自国経済を強くするために、より必要になってきます。そこには、投資も集まってきます。
地域、州、合衆国という各層で、それぞれの課題を発見して解決する人材が必要になります。
アメリカのSTEM教育は、「これからはITやプログラムに関する知識が必要だ」といったレベルではなく、「科学技術がどのように社会を良くするのか」といった内容となります。