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サブマリン・フラッドホール

最悪のカメラアングル

2019.08.10 14:44

title by Lump http://cogio.net/lump/ 

廃京闘諍録。杏ノ丞さん、司馬墨彦さん、電瑛丸さん、鈍刀やいばさんお借りしました。


 興亜甘美はカメラマンであり、フリーのルポライターである。昨日はコンビニで丸太を見かけ、ええ、とドン引きしながら入店して夕飯のおにぎりとカップスープとミネラルウォーター、朝ごはんのおにぎりを買った。夕飯のおにぎりはツナマヨで、朝ごはんのおにぎりは梅干しだ。

 冷蔵庫で冷やしておいた梅干しのおにぎりは冷たくて美味しくはないが、食べられないわけではない。もしやもしゃと咀嚼しながら、眉上でパッツンに切った前髪を払ってキャスケット帽をかぶる。ミネラルウォーターを一口飲んでからフロントに鍵を預けに向かう。


「今日もお願いします」

「はい、かしこまりました」


 フロントで鍵を預け、興亜はホテルをあとにする。写真集のための素材探し、から月派に雇われ(賞金に目が暗んだとも言う)結果として、奈良大寺という背景を得て興亜は混沌と化しつつある奈良廃都でも数少ないジャーナリストとして活動している。多少の言葉は付属させてはいるが、だいたい正確な情報をインターネットを介して発信している。反響を得て増えた閲覧数で彼の書き起こした記事や過去に撮影した写真が拡散されていく。日に日に増える感想やそれ以外のコメントににこにこしながら、興亜は駐車場に駐めていた車に乗り込む。

 中古でローンを組んでまで買った愛車は、こまめに洗車してワックスをしているからかぴかぴかしていて汚れ一つ見当たらない。ただの黒の軽自動車にすぎないが、彼にとってはこの数年間の苦楽をともにした相棒である。相棒に乗り込み、興亜は鍵を回す。ぶるる、と震えた車体は、まるで興はどこに行くか尋ねているかのようだ。


「今日も一日よろしくな、相棒」


 今日は奈良大寺の取材だな、と思いながら興亜は車を走らせる。パーキングブレーキを外してギアをドライブに入れ直す。そのまま駐車場からゆっくりと車を走らせる。とりあえず、近所のコンビニで新しいミネラルウォーターと昼食を買い込もうと思いながら国道を走っていると、びかびかと光っている寺を見つける。見つけてしまった。そして通り過ぎた。

 思わず目が点になり、興亜は視線をそちらに向ける。ウィンカーを鳴らして、ハンドルもそちらに切る。車線を急に変更したから、後ろの車にクラクションを鳴らされるが、そんなこと知ったことではない。車線を二度変更して左折をする。どこの所属の寺だっけ、と思いながら興亜はエレクトリカルパレードな寺に引き返す。


「しびれるだろ。ロックだよな」

「いや、ロック……なのか……?」


 近寄るとますます目に優しくないド蛍光色で輝く寺。困惑する僧侶。門の上に立ち、腕をくんで仁王立ちしている少年。てこてこと歩く鹿。わけがわからない。ロックの概念とはそういうものなのだろうか。そう思いながら甘美はシャッターを切る。

 思わず写真に収めたが、これはどうしたものだろうか。記事にするか悩んでいると、後ろから何かが投げ込まれる。どーん、と高い音とともに鹿が燃える。ついでに門が燃えそうになって、少年が忍術が!と叫ぶ。なんてことだ。ローストディアーだ。轟々と燃える鹿を見て、皮を剥いだら食えないかな、と思っていると、壮年男性の叫び声が聞こえてくる。


「おいおいおい。この訳の分からん自体をまずオレに理解させてくれよ頼むから!」


 呆れながら興亜が振り返れば、そこにはほうぼうに伸びた黒髪の男性が、制服姿の少女に追いかけ回されていた。少女は刀を収めている。抜いていないところを見ると、抜刀術でも収めているかもしれない。そうなら面倒だ。そう考えて興亜は車に引き返す。それが行けなかったのだろう。

 車に引き返した興亜は、運転席側のドアを開けて乗り込む。焼ける門と電飾はそれはそれで写真になる。なったので撮影した。とりあえず、今日の記事はこれでいいかなと思っていると、茶色い着物の男が乗り込んでくる。ついでに白い刑務所の作業服のような格好をした男も乗り込んでくる。ここは運転席である。興亜が座席に座っている。あとから乗り込んできた男は器用に後部座席に乗り込みながら、運転席を締めて鍵をかける。

 茶色の着物の男が、興亜軽く乗せていたアクセルペダルを思い切り踏み込みながら、パーキングブレーキを外す。アクセルペダルを踏み込んだ。そう、勢いよく速度計が跳ね上がる。タイヤがきゅるきゅると鳴いて走り出す。走り出してしまった。門に向かって、少女に向かって走り出した車。目の前の少女が迫ってきて、はっ、と正気に戻った興亜はハンドルを切る。少女を交わすように車体を操作した彼と、高く飛び上がる少女が早かったか。ともかく少女は怪我一つなく車の天井に飛び乗ると、天井を蹴り飛ばして着地する。べごん。天井から鈍い音がする。フロントの鏡で少女が無事なのを確認すると、興亜は乗り込んできた男どもに一喝する。


「おいふざけんな! おりろ!」

「すっとろいぞ! 見ろ! 御用あらためが見えんのか!」

「もっと早く出ねーの?」

「軽自動車に無理言うんじゃねえ!」


 黒髪の男に強く右足ごとアクセルペダルを踏み抜かれたままの興亜は、青信号をいいことに寺から逃げるように車を走らせる。頼むからしばらく青信号でいてくれよ。そう願いながらハンドルを握る手に汗が滲んだ。