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サブマリン・フラッドホール

心臓、過労につき

2019.08.13 01:54

title by 腹を空かせた夢喰い http://nanos.jp/hirarira00/ 

廃京闘諍録。杏ノ丞さん、司馬墨彦さんお借りしました。


 散々な目にあった。この一言でまとめるには、今日の興亜甘美の一日はあまりにも悲惨であり、悲劇であり、はたから見れば喜劇であった。あまりにも悲劇的すぎて、いっそ笑いすらこみ上げてきたからか、うっかり幼馴染の女性の兄に連絡をとってしまうほどだった。最悪という言葉よりも劣悪な関係である幼馴染とは、また異なる関係を築き上げた兄は、それは災難だったね、と返してくれる。その一言が欲しかった興亜は、本当だ、と言う。

 とはいえ、彼も勤務中の身であり、話せたのは本当に一、二分と言ったところだったが、それでも少しは疲れが取れたような気がする。ビジネスホテルの一室でそんなことを思いながら、興亜は風呂場に向かう。今日の疲れをしっかりとって、明日こそまっとうな日常を贈ろうと思っていたのだけれど、なぜだか今日の彼は徹底してついていないようだ。


「……電話?」


 着信を知らせる懐中電話をとりあげ、耳に当てると甲高い笑い声が耳をつんざく。がちゃりとはずみで、そう決して悪気はなく通話を切る。コンマ数秒で電話が鳴る。秒で切ってみるが、また鳴る。それが三度続いたあたりで興亜はついに折れる。


「……なんだよ」

『なんだとはなんだ! 我輩が電話をかけたのだぞ! すぐに来い!』

「どこにだよ! ていうか、こんな夜中に何の用だよ!?」

『むっ、そういえば言っていなかったな。おい、司馬、ここはどこだ!』

「知らねえのかよ!」

『あー、ここはねえ……どこだっけな』

「もういい……オレは寝るぞ……」

『あ、おい待て!』


 がちゃりと電話を切った興亜は、そのまま電源を落として風呂に入る。今日はもう疲れたのだ。湯船に使って長々と風呂に入る予定だったが、そんな気力をごっそり奪われた彼は、シャワーで汗を流して髪を乾かすのもほどほどにベッドに転がった。

 ごろりとベッドに転がると、あっという間に睡魔がやってくる。眠りの此岸と彼岸の境目で、なぜ彼らが興亜の番号を知っていたのかという疑問は、睡魔の訪れとともに消えていた。


*****


 翌日、車を飛ばして奈良大寺に向かっていた興亜は、見慣れない木の物体を見つける。木片や材木ではない。いや、材木だったならどれだけ良かっただろうか。材木だったならば、ああ戦乱で荒れた街並みを復興させようとしたのだな、と思うことができただろう。彼の見たものは丸太だった。どこをどう見ても丸太で、まるまるずんぐり樹齢何十年もののしっかりとした樹木の幹だ。

 目を点にした興亜は、ええ……とつぶやきながら駐車場に車を駐める。降りる前につい周囲を伺ってしまう。こればかりは先立ってのカーチェイスのせいだろう。あのあとなんとかかんとか逃げ切った興亜だったが、心臓が止まりそうになったのは言うまでもない。

 ……閑話休題。


「まさか、なぁ……」


 首をひねりながら丸太を見る。奈良大寺南大門には厳しく立っている僧兵が並んでいる。僧兵以外の雇われた一般人も並んでいる。周囲を警戒する彼らの視線を浴びながら興亜は門をくぐって境内に入る。ものものしい空気に辟易としながら、興亜は寺務所に向かう。中はばたばたと騒がしいが、興亜を見つけた僧兵の一人が、お前はそうだな、と呟く。


「南大門のほうに向かってくれ。花派のやつらをとっちめてやってくれ!」

「……まさか、あの丸太を使って?」

「……あれはどちらでもいいぞ」


 僧兵のその言葉にほっとしながら、興亜は貴重品の一眼レフだけでも預けようかと思って、とどまる。混乱のるつぼの中を撮影するのは、それはそれでいい記事になるのではないだろうか。うずうずと記者魂が騒ぐのを感じながら、これがパパラッチなんだろうなぁ、と理性的な自分が囁いていた。そのささやき声を感じながら、興亜はのんびりと南大門に向かうのだった。