高円寺「芽の巣」の不思議プランツ
腹の上に犬を置いて昼寝するオッサンを横目に信号を渡ると、ママチャリに乗ったオバさんがすれ違いざまに「ワン!」と言い放って青梅通りの方に消えて行った。
大将っていう焼き鳥屋がスモークをくゆらせる角を過ぎると、若いパンクスと、もう若くないパンクスが缶チューハイを片手に時間を持て余している。この街のタイムフィーリングは、いつもたっぷり緩んでいて最高だよね。
平日の昼間。高円寺。バス通りを南へと下ってすぐの右手。そう、その辺りが「menos」の場所だ。ビルの2フロア。確かヘアサロンっていうことになっているけど、ただのヘアサロンには見えないよね? その予想はばっちり当たってる。
「カズさんなら、2階にいますよ」
カズさんっていうのが「menos」のオーナー。大手ヘアサロンをドロップアウトして20代でこの店をオープンしたんだ。今ではヘアサロン[studio menos]、プランツショップ[芽の巣]、ギフトショップ「GIFT by menos」の3つが併設された、不思議で魅力的な空間になってる。
「久しぶり、どうぞ。あ、これ見てよ。オベサっていう多肉植物なんだけど、すごく気に入ってて。『カキコ』っていうサボテンの挿し木みたいないう増やしかたがあって。親から一株ぼこっと外して植え替えるんだけど。こいつを『カキコ』で友達に分けてあげたんだよ。ほらココ。へこんでるでしょ? 実はちょっとだけ後悔してる、ははは」
髪を切る予定もないのにふらっと入れるヘアサロンって、そんなにないよね。植物を見に行くこともあれば、エッジの効いた本や雑貨を探しに行くこともある。まあ、大抵はその両方に加えて、カズさんやスタッフのみんなと話すのが目的なんだけど。ちょうど、カルチャーに詳しい友達の家に、遊びに行く感じ。
「ヘアサロンを辞めたあと、家で友達の髪切ったりしてて。その延長でこの空間を作ったからね。お客さんとも距離が近いっていうか。スタッフも元々はお客さんだったり。ショップで縁があって知り合ったアーティストの作品も扱ってるし、昔は古着を置いてたこともあったね。今は、見ての通り。どんどん植物が増えてる」
シャンプー台の脇に見たこと無い植物が並び、壁には不思議な形の根っこが飾ってあったりする。内装やインテリアはスタッフたちとDIYで作ったんだって。
「1Fのショップで植物を販売して、2Fのベランダがバックヤード。趣味と兼ねてるんだけどね。この子はコレクション株っていって、売らないやつ」
日本では珍しい種類も多いらしいんだけど、多分十分すぎるほどリーズナブルな値段で売られてる。小さいものは800円くらいから。上は数万円ってヤツもいるけどね。それも納得できるくらい、他じゃお目にかかれないプランツばかり。
「それはサボテンで、これはユーフォルビアっていう多肉植物。こっちは塊根植物。塊根っていうのは山芋の仲間で、タイなんか行くと市場で売ってる。料理して食べるんだよ。それをさ、僕たちが『可愛い』とか言って眺めてる。不思議だろうね。塊根植物が中心のお店って、ちょっと珍しいんだよ」
この店でおしゃべりしたら、いつも何かひとつ植物を連れて帰る。「menos」の空気を纏った、ゆるいノリの仲間が家に増えるみたいで嬉しいんだ。俺はカット面の脇を抜けて、植物を一つ手に取ってみた。これも塊根植物かな。
「そう。コウデックスっていうやつ。これはもう死んじゃってるんだよね。冬に耐えられなかったのかも。ちょっと貸してみて」
そう言ってカズさんはいつものスローな動作でコウデックスを手に取った。
「…………あっ。芽吹いてる。うわあ。嬉しいな。もう諦めてたのに。すごいね、植物の力って。実はちゃんと生きててくれたんだ。今気づいたよ、よかった」
この感じが好きなんだ。でも、これくらい植物にのめり込んだのって実は最近らしい。そういえば、数年前はトランペットにハマってたり、どこからか木材を手に入れてきてはインテリアを作りまくってた。せっかくだから、植物にハマったきっかけを聞いてみる。
「3年くらい前かな。ギフトショップをオープンするとき、インテリアとして植物を入れたのが最初。花屋さんにセレクトをお願いしたんだけど、その後に自分でも植物の業者さんのところに行ってみたら……めちゃくちゃすごくて。見たことないヤツばかりで『何だコレ!』って感じ」
その時初めて買った植物を見せてくれた。「ディディエレア・トロリー」って種類だって。
「この子は横に成長したがるから、なるべく広いスペースで自由に伸ばしてあげてる」って、カズさんは自分の子どもの話をするみたいに言葉を選ぶ。
「次はグリーンハウスを作ろうと思ってる。土日に誰でも自由に植物を選べるスペース。サロンも一部リニューアルして、そこでは非売品のコレクション株も、自由に見てもらえるようにして」
嬉しそうに話すカズさん自身も、子どもみたいな表情をしてるんだよね。お客さんがカットを終えてシャンプー台へ移動する。俺は背丈1mほどのサボテンの間をぬって通路を譲った。ええと、ここは何屋なんだ?
「好きでやってるだけなんだよ。店の空間作りも、ギフトショップを作ったのも、植物も。夢中でやってるうちに、仕事と繋がってくる」
「最初は植物を売ることに抵抗があって。『お金に替えちゃっていいのかな?』って。でも、多少なりビジネスとして回していくことで、多くの個体と出会えるし、お客さんにもより多くの植物を見てもらえるって、そう思たんだ。まだ模索中なんだけど、今はそこらへんで腑に落ちてる」
好きなことを追求してる人と話すのは刺激になるよね。SNSのタイムラインを眺めるよりも、カズさんみたいな人とおしゃべりする時間を増やしたら、日常が面白い方に転がりだすのかもね。そんなことを考えてたら、時間が来てしまった。
「あ、予約のお客さん。ごめんね、またゆっくりね」
ハサミを持ってカットする姿を見て「美容師なんだよな」って確認してから、俺は1Fのショップで植物をひとつ購入した。とりわけ珍奇なフォルムが気に入った。
家に帰って、窓際に飾ってみる。重力の制約からはみ出るように伸びる植物を眺めながら考えたんだ。“こうあるべき”みたいな同調圧力とか、金の心配とかさ。そんなのは一旦脇に置いといて、とりあえず小さく好きな方に踏み出せばいいのかもね、って。
ほら、menosだってヘアサロンっていう枠をハミ出して、本気の遊びみたいな感覚で働いてるんだからさ。ここに来ると、そんな働き方もアリだって思えるんだよね。
photography : 七咲友梨 / Yuri Nanasaki
text : 山若マサヤ / Masaya Yamawaka