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発達さんのためのでこぼこサークル『ここから』(解散いたしました)

8/25 障害者だからといっていつも困っているわけではない

2019.08.24 22:24

おはようございます。

ようやく、涼しくなるのでしょうか。


店に行ったらまだまだ暑くて、、、

エアコンなしでご案内するのは難しいなぁと思いつつ一応明日からShare Cafe おおきな木は再開予定です。




昨日、パラリンピックの特集番組を見ました。

アーチェリーの素晴らしい選手が紹介されていました。


原因不明の下半身麻痺になる前からアーチェリーをされていたそうですが、車椅子になっても続けていらして、パラリンピアンにまでなった上山友裕さん。


とても明るい方でしたけど、障害を乗り越えてきたその苦労は計り知れないですね。


上山選手と俳優の鈴木亮平さんの対談がありましたのでリンクを貼っておきます。対談の動画に字幕がないですが、内容は動画の下の方に文字での書き起こしがあります。


上山選手のライバルとして他の国の選手も紹介されてました。名前失念しました。忘れっぽくて困る、、、(T_T)


その方は生まれつき腕がありません。

生活動作は全て足です。足がまるで手のように器用に動きます。

食事も着替えも自立しているんです。



ご両親は彼の介助は一切なさらなかったそうです。

とても辛かっただろうけれど、そのおかげで生活は自立しています。

誰からの助けを借りずとも普段の生活は成り立っている。

ご両親の力強い愛に支えられてきたのだろうと想像します。それだけではない、きっと彼の国では障害者に対する保証もしっかりしているのだろうと思います。



2015年。

鶴岡アートフォーラムで重度の脳性麻痺の佐伯駿くんの絵画展をみました。


その絵はとても明るい色彩でとても素晴らしかった。


その彼はもう亡くなってしまったのですけど

わたしはその絵をみて障害者に対する考え方が変わったんです。


障害者=弱者、可哀想な人、特別に助けを必要とする人


そんな概念をいつの間にかもっていた自分に気付きました。


彼は生まれつきの麻痺で動けなかった。

それは彼にとって当たり前のこと。


動けることを知らない彼は他の動ける人たちに対してどんな気持ちを抱えていただろう。


羨ましいとか自分がかわいそうとかそんな風に思ったこともあったろうけど、彼はその私たちからみたら制限されたと思われる生活の中でも充実した生涯を送っていたんじゃないか、と思ったんです。


いや、そうじゃなかったとしても、けして彼は弱者でも可哀想な人でもなく、一個人として、絵描きとして生涯を全うすることができた。


暗く苦難に満ちた生涯だとしたら

あんなに明るい色彩の絵を描くことはできないんじゃないかと思ったんです。


正直、彼がどんな風に生きてきたのかまではその時点では全く調べてなくて、本当に絵をみただけで感じた私の勝手な見解ですけどね。


彼が本当はどんな気持ちで生きてきたか。


それは彼にしかわからないことだけど、少なくとも私の障害者に対する考え方を180度かえてくれた存在には違いないんです。


あの時あの展示を見なければ

今の私は存在しないかもしれない。

そのくらいに私の人生に影響を与えた絵画展でした。


佐伯駿 脳性麻痺


ご本人にお会いしたかったなぁ。


障害者

という概念を世の中の人たちはどんな風に考えているんだろう。


私たちに足りないのは、障害者を1人の人として見る目ではないのかと思うことがあります。


人間の能力などを球体に例えた時、いわゆる健常者と言われる人たちより大きく欠けているのが障害者だとします。


人間の本能としてどうしてもその欠けているところに目がいく。


だからその欠けているサイズの大きさで障害の重さも重くて大変だと思う。


でも、実は、欠けているところが大きくても

育った環境などの様々な要因で、困り感は全く違う。


大きく欠けているからこの人はたくさん困っている。


そうではないんですね。


両腕のないパラリンピアンの彼は両腕がない分、たくさん困っているか。


それは違います。


この考え方はとても重要で、


例えば、車を持っていれば便利でとても快適な暮らしを送れる、とおそらく日本人は皆思っているし、世界的にもそう思っている人が多いと思います。


でも、一方で、世界中の人々がみんな車を持って排気ガスを撒き散らしたら、地球環境は破壊される。だから必要ない、車がなくても不便のない、そういう国作りをするのだから国連の助けはいらないと思っている国もある。


車がないから困るだろう、というのはみんなが同じではないんです。実は車がないと困る社会にしてしまったことの方が大問題なんですがそのことには誰も触れません。


人を尊重する、ということは

『皆一揃いに同じようになるといい』ということではありません。


その人の価値観、考え方、育った環境、性別、心のあり方、夢などなど、たくさんのその人を構成する要因があって、それは人それぞれに違いがある。

その違いを認めることだと私は思います。


多様性を認めよう、というのは

人を尊重しようという動きです。


人それぞれに考え方があって生き方がペースがあって

それは他人によって脅かされるものではない。


もちろん、人は弱い生き物であり、1人では生きていくことはできないから、助けは必要です。


けれど、それを助けてとも言われていないのに勝手に車が必要でしょ?と押し付けるのは違うんです。


もし、それをしたいなら相手に選択する余地を与えてすることが大事になってくると思うんです。


自分の価値観を人に押し付けることは助けるということとは違うんです。


けして、あなたと同じようになりたいと皆が思っているわけではないということです。


命などの急務な問題が絡んでくる場合はもちろんお節介させていただきますよ。




本日、彩えんぴつの例会の予定でしたが

予定変更となり、鶴岡市こころ元気アップセミナーに参加することとなっています。(申し込みは終了しています)

ご足労なきよう。

来月は予定通り9/15『ここから』例会

『彩えんぴつ』例会は決定次第ご連絡致します。


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発達障害をみんなで考える会『ここから』  

毎月15日19時より月例会を行なっています 

発達障害に関心のある方であればどなたでも参加できます  

『彩えんぴつ』例会はつきいち不定期です。お問い合わせください。


お問い合わせ 

電話番号 080-4512-7102   

(Share Cafe おおきな木 代表 日向) 

活動場所 鶴岡市苗津町3-13 

Share Cafe おおきな木 

メール coco.color.hattatsu@gmail.com 

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