ショートショート 631~640
631.回廊の内窓から一輪の薔薇が見えるので僕は廻る。その薔薇をいろんな角度から見たいからだ。だが俺は有限で、何周かすると老いに負け私は赤色を目に焼き付け呼吸を止めた
どうか、
彼は何度も生まれては私を見つけ愛し、そして私は彼を置いて行く。
誰か、彼を私から助けてあげて
永遠の呪いと罰の話
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632.その天使は完璧であった
砂糖菓子のように金に光る輪郭を携えシンメトリイに現れた二人の天使は、夕色に目を細めた古い教会の唯一である木製の十字架の前で向かい合い羽先を互いに着け宙に身を屈めていた
「これが標本に出来たなら!」
心底そう思った私は相変わらずの蒐集家であり、そして恐らく悪魔だ
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633.自分の作った怖い話が一人歩きし出し、尾鰭をつけながら色々な人に話されている。だが必ず「この話は作った奴を探している」というオチが付いている、という事を昨日知り、今、「雨の日に家が停電になり、何故かテレビだけが付いている」という場面が私の今の境遇と全く同じ事に気が付いた。
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634.その女性はいつもカセットプレーヤーを持っていた。「故郷の音よ」聴こえたのは海の中の爆ぜる泡沫のような、心音の様な音で、そう言うと彼女は寂しい色を目に浮かべた。
次の日そこに女性の姿はなく、カセットだけがあった。聞いてみると昨日にはなかった彼女の歌声が、故郷の音と共に遠く聴こえた。
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635.その猫は泣き虫です。花を見れば枯れると泣き、星を見ては美しいと泣き、石を見ては死んでいると泣いています。
猫は泣くと人間へ話しに行きます
でも人間は話の通じる存在ではありません。『よく鳴くのね』と抱きしめ頭を撫でます。猫も人間の言葉は今一つわからないので、それでも安心して眠るのです
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636.「平面に君の全てを並べたらどのぐらいになるだろうか。私の地平線まで続いてくれると嬉しいのだけど」
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637.暗闇の中ベッドへ向かうと何故か辿り着かない。次第に土や草の感触が這い出し虫の鳴き声もする。だが見えるのは黒い窓枠と、そこから見える異様に大きい月だけだ。
気がつくと朝だった。
私は床に寝転んでおり、部屋には開いた窓と泥まみれの足、そして鈴虫の声が鳴り、どこかへ消えていった。
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638.喋らない博物は美しい
喋らない宝石は美しい
喋らない標本は美しい
喋らない押花は美しい
ならば喋らない君は確かに美しいはずで、なのにいつまで経っても寂しく思うのは、この足された寂しいという感情こそが愛なのだろうね
遠い思い出の彼方で、もう思い出せない君の笑い声が聞こえた気がした
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639.玉虫が落とした羽は、どこかで人が宝石にしました
私が切った髪の毛も、どこかで誰か宝石にしてくれるのでしょうか
三年分の悲しみを含んだ髪です
きっと美しく濡れ輝くでしょう
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640.部屋に青いタイルを敷き詰めて、人工の海を作ろう。魚も海月も、珊瑚も海賊の宝物もいないこの海はただ私のためにある。息のできる海ほど深いものはなく、部屋には濃淡に浮き沈むタイルと、窓から平面に照らす月光と、体育座りに沈む私の、きっと世界で一番平穏な海底となる。