【参考】観光列車「ゆふいんの森」 乗車記 2019年 夏
九州の旅、3日目。最終日の今日は、運行開始から30年を迎え、観光列車の先駆者とも言える「ゆふいんの森」号に乗り、JR只見線への導入が検討されている観光列車について考えた。
「ゆふいんの森」号は1998年7月に運行を開始した、30年の歴史を持つ国内の観光列車の先駆者でありトップランナーだ。九州第一の都市・福岡市(博多駅)と温泉観光地・大分県由布市(由布院駅)の134.8kmを結ぶ(*1便が別府駅まで往復している)。只見線(会津若松~小出)間が135.2kmだから、ほぼ同じ距離だ。
列車は博多を出ると鹿児島本線を南下し、久留米から久大本線(久留米~大分)に乗入れ、東進する。久大本線は“ゆふ高原線”との愛称もある、車窓から山間の景色を楽しめる路線だ。この鉄路を走る「ゆふいんの森」号は、その名も示す通り“山の観光列車”だ。
私は過去に2度久大本線を走る列車に乗ったが、「ゆふいんの森」号は今回が初めて。今日は博多駅から由布院駅まで「ゆふいんの森」1号に乗り、輪行した自転車を利用し由布院駅周辺の観光地を巡った。
*“ゆふいん”は地域名では「由布院」(由布市の大字に湯布院はある)、温泉地群を指す場合は「湯布院」と使い分けるようだ。旧湯平町と旧由布院町が合併した旧湯布院町(1955年2月~2005年10月)として「湯布院」は50年間自治体名として使われていた事もあり、“ゆふいん”を「湯布院」と表記するほうが馴染みがあるが、以下、ブログでは「由布院」を用いる。*参考:由布院温泉観光協会 URL: http://www.yufuin.gr.jp/index.html
*参考:拙著「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ ー観光列車ー / ー只見線の夏ー
昨夜は福岡市内のゲストハウスに泊まった。ゲストハウスというものを初めて利用したが、外国人が多く、様々な言語が飛び交っていた。ベットはほとんど埋まり、その需要の高さを実感した。
只見線の起点で、福島県屈指の観光都市である会津若松市を中心に、只見線沿線には“宿の多様性”が必要だが、ゲストハウスも候補の一つだ。寝室は狭いが清潔なリネンが用意され、広く寛げる共有部を持ち、宿泊料金はカプセルホテル並みというゲストハウスは、若者やインバウンドの宿泊客を呼び込む仕掛けとなるだろう。今回の宿泊は、只見線沿線の宿の在り方を考える良い経験になった。
今朝、ゲストハウスをチェックアウトし、近所のコインランドリーで洗濯をしている間、吉塚中公園で朝食を摂っていると、私が手にしたツナマヨおにぎりを見つめる猫が居た。ただ、少しおすそわけしようと立ち上がると、白黒は茂み中に隠れてしまった。
洗濯を終えて、自転車にまたがり、駅に向かった。
8:16、博多駅南口に到着。接近する台風10号の影響はなく、駅舎上空には青空が広がっていた。
北口に移動し、巨大な駅ビルを見上げる。前回、訪れた時は2011年の開業に向けて工事中だったため、初めてお目にかかった。
自転車を折り畳み、輪行バッグを担いで駅舎に入る。お盆期間ということもあり、旅行者が激しく行き交っていた。
改札を通りホームに向かうと、次から次に列車がやってきて、多くの客が乗り降りしていた。九州最大の駅を実感した。
9:10、観光客があふれるホームに「ゆふいんの森」号が入線した。
「ゆふいんの森」号は、“ヨーロッパの保養地へ向かう高原列車”というコンセプトで造られ、景色が見やすいように座席の位置を上げたハイデッカー構造になっている。そのため車体は大きく、存在感がある。
入線後まもなく列車のドアが開き、笑顔の客室乗務員の出迎えを受けて車内に入った。
列車はハイデッカー構造で、車内通路が高い位置にあるため乗降口には階段があった。洒落た構造だと思った。車椅子利用している場合、座席予約時に伝えておけば対応してくれるという。
目的地が由布院ということで宿泊客の多いためか、荷物置き場は全車両についていた。私は輪行バッグを置いたが、通路にはかからなかったものの、固定用のネットからはみ出してしまった。
予約した5号車の席に向かう。車内は木を使い、落ち着いた内装になっていた。
室内は暗く『おやっ』と思った。全てのブラインドが降ろされていたためだ。車窓からの景色を楽しむならば開けておいた方がよいのでは、と考えたからだ。しかし、席に着きシェードを上げて強い陽射しを浴びて思い直した。おそらく、冷房効果を上げるために全シェードを下げていたのだろう。気配りに感動した。
9:24、「ゆふいんの森」が博多を出発。私が乗る5号車は7割ほどだったが、他車両は満席に近い乗車率だった。客は飛び交う言葉から、中華圏の方が多く、日本人とインバウンドは4対6という印象だった。
前述したが、博多~由布院間は134.8kmで、只見線全線(135.2km)とほぼ同じ距離となっている。「ゆふいんの森」号の特急料金は¥1,750。只見線に観光列車を導入する場合、乗車券の他の料金(特急券、座席指定券など)をどうするかも大事になってくる。
列車は、鹿児島本線内では、ほぼ住宅地の中を進む。
久留米から久大本線に入り、御井からうきはまで右手(南側)に耳納連峰を見ながら列車は進んだ。
筑後大石を出てしばらくすると、昨日の朝に水天宮脇で見た筑後川を渡り、夜明ダムの脇を通り抜けると、しばらくダム湖を見ながら進んだ。湖上ではレガッタの練習する姿が見られた。「ゆふいんの森」号の車窓から見えるダム湖はここだけだった。
昨日、日田彦山線の運休区間を見るために降りた、夜明を通過。
この後、日田を出発すると街並みは徐々に小さくなり、豊後三芳を過ぎトンネルを潜り抜けると筑後川の支流となる玖珠川沿いの山間部を進んだ。玖珠川とは杉河内の先、「慈恩の滝」付近まで何度も交差してゆくことになる。
車内を見て回る。
各車両、天井は共通でシートの色は違っていたが、4号車は別モノだった。2015年7月に新造され増結・運用開始となった車両で、天井からシートまで形状や色合いが違っていて、華やかな雰囲気だった。
この4号車には、大型ガラス窓とカウンターテーブルが設置された展望スペースもあった。
観光列車に大型の窓ガラスは欠かせない。座席の窓が小さい事もあり、ここは貴重な場所だった。子供でも楽しめるよう、低いテーブルもあり、揺れに備えて掴める取っても自然な形で付けられていた。
3号車に設けられていたビュッフェには、細いながらもカンターがあり、飲食できるようになっていた。
メニューには弁当4種、デザート、冷温の飲み物、アルコールとおつまみ、土産物があった。車内販売もしているので、2時間程の旅には十分だと感じた。
両端の1号車と5号車の運転台は低く据えられ、客室から“展望”できるようになっていた。
ただ、フリースペースはなく通路の一部であるため、指定席に座る乗客に気遣いながら、立ち寄るだけの場所となっていた。ここは、少し残念だった。正面から見える景色は、側面(窓)から見えるものとは違い、じっくり見たいと思っていたからだ。
車内を一通り回ってみて、「ゆふいんの森」号のデザイン・コンセプトの水準の高さを感じた。30年走り続けられる耐性について考えさせられた。*参考:JR九州「特急 ゆふいんの森」(https://www.jrkyushu.co.jp/trains/yufuinnomori/)
車内では、通信範囲が1両単位の無料Wi-Fiが利用可能となっていた。
スマートフォンの選択画面には鍵マークが無く、フリーアクセス方式である事が分かった。
この無料Wi-Fiは2014年12月から開始されたサービスで、「ゆふいんの森」号が外国人利用者が多い事で導入されたという。JR九州では今年3月から無料Wi-Fiサービスを拡大し、客の利便性向上に努めている。
只見線を管轄するJR東日本も東北新幹線の一部で無料Wi-Fiを提供しているが、JR九州の充実には及ばない。この施策には国も関与し、全国の同一のサービスにして欲しいものだ。 *参考:JR九州「「JR-KYUSHU FREE Wi-Fi」の提供を開始します!!」(2019年3月14日)/観光庁「無料公衆無線LAN整備促進協議会」(2014年8月29日~)
豊後三芳を過ぎてから、時に並び、時に交差する玖珠川はダムが無く、清流が続いた。山間部を走る鉄道では、よく見られる光景だ。
ダム湖が連続する只見川沿いを走る只見線に乗り慣れていたので、この清流に違和感を感じてしまった。如何に、只見線の列車の車窓から見える景色が特異であるかを、改めて思った。
10:53、天ケ瀬(日田市)に停車。天ケ瀬温泉の最寄りで、宿も多い。ここで降りる客も居た。
コンクリート打ちっぱなしのホームと大きな屋根、木製の緑と赤のベンチなど、特急の停車駅、観光口の玄関としての整備がされていると感じた。
杉河内を通過して間もなく、列車は速度を緩め、客室乗務員が車内放送で「慈恩の滝」の説明をした。上段20m、下段10m、合わせて約30mの落差がある二段滝で、滝の裏側へ行く事ができるため別名“裏見の滝”とも呼ばれるという。
ただ、只見線の課題でもあるが、このような景色を見る時、電線の存在が気になった。このような観光地での“電線地上・地中化”を低コストでできる方法を、国が主導して推し進めるべきだと改めて思った。*参考:国土交通省「無電柱化の推進」、「無電柱化推進のための新たな取り組み」
北山田を過ぎ、次駅が近づいてくると、頂上が7合目付近でぱっさり切られた様な山が見えてきた。「伐株山」(685.4m)だ。平たい頂上は公園になっているのだという。*参考:玖珠町観光協会「伐株山・万年山」
11:08、豊後森を出発した直後に「旧豊後森機関庫」が見えた。
1934年建造の半径48mの扇形の鉄筋コンクリート製で、九州に現存する唯一の扇形機関車庫。2012年に国指定登録有形文化財に指定された。*参考:文化庁 文化財オンライン「旧豊後森機関庫」
これら“観光資源”の付近では客室乗務員による説明アナウンスが入っていた。只見線でも、録音でもよいので、導入して欲しい取り組みだと思った。
“次は終点”というアナウンスが聞こえたが、事前の情報で気になり、車内放送で『飲んでみたい』と思った「ゆずみつスカッシュ」をビュッフェで注文し、自席に戻り頂く事にした。
日田市産の柚子みつを炭酸で割ったジュースだが、柚子の香りは新鮮で、適度な甘さで、のど越しは爽快、素晴らしく旨かった。聞けば“由布院の旅館「玉の湯」の中にある「ティールーム ニコル」監修の直伝レシピ”(JR九州)で作られているという。忘れられない、逸品となった。
「ゆずみつスカッシュ」を飲みながら、すっかり山間に入った自然豊かな景色を車窓から眺めた。
玖珠川に設けられた堰を見る。堰の形状や設けられた魚道など、設計者の意図が感じられおもしろいと思った。
河川の流量、洪水の有無、農業用水に使うか否か、どのような魚が遡上するのか、景観との一体感などの条件を考え作られるのだろう。ちなみに、只見線の沿線はダムは豊富だが、福島県側で堰を見る事は無い。
豊後中村を通過する直前には、九州電力㈱野上発電所の水圧鉄管が見えた。水路式で玖珠川の支流、野上川に落水させている。
夜明ダムより上流域では車窓から見られるダム式の発電所は無く、調べてみると九州電力の水路式発電所はこの野上発電所を含め9か所と多い。しかし、車窓からはっきりと姿を捉えられた発電所は少なった。
只見線は新潟県側に車窓から見る事ができる水路式発電所が複数ある。福島県側は、東北電力㈱宮下発電所のダム水路式を除けば、同伊南川発電所だけだ。
山間を抜け住宅が多くなり、終点を告げる車内放送が入った。列車は、由布院盆地の西北の縁をスピードを落としながら進んだ。
由布院盆地では秋から冬にかけて朝霧が発生し、雲海が見られるという。「蛇越展望台」からは、運が良ければ盆地を覆う雲海越しに由布岳が見られるようだ。*参考:大分県由布市「蛇越展望所」URL: https://www.city.yufu.oita.jp/kankou/kankou-2/kankou_cate1_1/zyakosi
11:36、「ゆふいんの森」1号車が、終点の由布院に到着。
ホームは緩やかに曲がっているため、先頭から列車全体を見る事ができた。架線を持たない駅舎との相性も良く、30年間、数々のメディアで取り上げられた構図という事もあり、風景に一体化した重厚な趣きが感じられた。
久留米寄りのホームには足湯があり、温泉地・由布院を実感できる。前回訪れた際には利用させてもらった。
「ゆふいんの森」号は快適な列車だった。気動車特有のエンジン音と振動があるが、さほど気にならず、出力が上がるとスピードが増す感覚が味わえて良かった。
窓が小さいのが気になったが、ハイデッカー構造で高い視点から車窓からの風景を見る事ができ大きな不満とはならなかった。
車内の構造、調度品、雰囲気などを見て感じると、30年もの間、人気を持続し走り続けている事に納得できた。
「ゆふいんの森」号は、“移動を高速に快適に”するための観光列車という印象を持った。この列車は由布院という著名な温泉観光地まで客を、快適に速く運ぶ為のものであるという事だ。
只見線の観光列車を考えた場合、沿線各地の観光地・観光資源と、車窓から見える風景を比較すると、現状では圧倒的に後者の訴求力が高い。とすれば、只見線に導入するならば“乗る事が目的の観光列車”にする必要があると、改めて思った。スピードは出さなくてもよく、停発車がスムーズならば各駅停車でも構わない。ただ、長時間過ごす座席と車内空間に工夫を凝らしホスピタリティを高めながら、3両程度の編成に納めなければならないだろう。
「ゆふいんの森」号は素晴らしい列車で、その乗り心地や快適性は只見線に導入されるであろう観光列車についておおいに参考になった。乗る事ができて良かった。
・ ・ ・
ホームから“改札”に向かうと、降車客は笑顔の駅員の出迎えを受け、出口に向かっていった。
この由布院駅舎は建築家・磯崎新氏による設計。改札を無くし、コンコースとホームを一体化させたという。
外観はイタリアの礼拝堂をイメージしたと言われ、黒の板張りで落ち着きがある。奥に見えるのは、昨年4月にオープンした観光案内施設「由布市ツーリストインフォメーションセンター」(設計:坂茂氏)。
駅舎を背にして、「由布見通り」に続く「駅前通り」に立つと、正面に由布岳が見える。今日は頂上付近に少し雲が掛かっていた。
それでも、低層の建物が通りに並び、電柱地中化もされ、自然を実感できる素晴らしい景観になっていて、旅の始まりに大きな期待が持てる。街の意思を感じる造りに、改めて関心した。
駅頭で輪行バッグから自転車を取り出して組み立て。駅から700mほど離れた場所にある荒木踏切から、折り返し運転となった「ゆふいんの森」号を撮影してから市街地を巡ることにした。
駅前通りから続く「由布見通り」は車の往来が激しく、白滝川を越え、斜めに「湯の坪街道」を進むと多くの人通りがあった。 *下、掲載写真は振り返って撮影したもの
二度目の訪問で、前回は気付かなかったが、道は車両侵入禁止になってはおらず、人込みの中を車が割って進んでいた。
街中に駐車場や宿泊施設が点在しているため、その利用者だと思われたが、観光地や人が集まるエリアの“人・車分離”が為されていない現実に残念な思いをした。人が歩く事が心身や街に与える好影響を考え、文化・制度として根付かせる必要を感じた。
由布院を代表する観光地である金鱗湖には、観光客がひっきりなしに訪れていた。
街並みは落ち着いていて、路地に入ると人通りも少なく、風情を感じた。
石垣や木柵が目立ち、無機質なコンクリートはあまり見られなかった。
旅館「玉の湯」前の大分川の様子。源流に近い事もあり、綺麗な水が流れていた。護岸工事もされていたが、時が経っているようで街の景観を邪魔はしていなかった。
温泉地ということで、住民用の共同温泉もあった。
臨済宗の禅寺・仏山寺。由布岳の山岳信仰の中心だったという。緑に囲まれた山門の茅葺が街に大きなアクセントを与えていた。
仏山寺から宇奈岐日女(ウナギヒメ)神社方面に向かって自転車を進めると、観光辻馬車に出会った。この辺りは駅起終点の周回コースの一部となっているようだった。
今年から観光辻馬車は3台体制で運行されているといい、津江の中道では白い馬が曳く観光辻馬車とすれ違った。
長閑な温泉街・田園を、乾いた馬蹄の音を響かせながら進む馬車は眺めているだけでも癒される。1975(昭和50)以来40年以上の歴史を持つ由布院の辻馬車は、違和感なく風景になじんでいた。次に由布院を訪れる機会があれば乗りたい。*参考:朝日新聞「由布院の辻馬車、待望の3台態勢へ ベルギーから馬2頭」(2019年3月16日)
街中の建物や看板などの商業用サインも、景観に配慮してか、落ち着き感があった。
和菓子屋、「菓匠 花より」の外観。
先月オープンしたばかりの複合商業施設「もくあみの杜」。
木々の中に佇むカフェ「naYa」。
由布岳との調和のとれた外観を持つカフェ「湯布院 千家」。24年の営業を経て駅前から昨年4月に移転したという。
宿も、3階建てまでの低層が圧倒的で、落ち着いた造りとなっていた。
大分川沿いに建つ「榎屋旅館」。
木々に覆われた「おやど 開花亭」。
田園通りにある「由布院別邸 樹」。石造りの外観が目を引いた。
竣功間もないゲストルームも多く、時代を感じた。川上地区にあった2棟4室の簡易宿所「ゲストハウス 陽なた庵」は。平屋の一軒家という趣きで落ち着きある外観だった。
街には美術館が点在していた。
「聖ロバート教会」を併設した、レンガ造りの「由布院ステンドグラス美術館」では、観覧したい衝動にかられたが、時間が無く断念。次の機会、必ず訪れたい場所となった。
駅の待合室に「由布院駅アートホール」を設けるなど、周辺には美術館が多く点在している。由布院は温泉だけではなく自然や文化を活かしたまちづくりに40年前から取り組み、この美術館の多さは、その成果と言われている。由布院では、「湯布院映画祭」と「ゆふいん音楽祭」という文化イベントも開催されている。
街中を一通り巡って駅に戻ると「由布見通り」は大渋滞だった。この交通渋滞が地元を悩ませているというが、車の大半は他県ナンバーで、由布院の観光地としての魅力の高さを実感した。
13:28、駅に到着。自転車を折り畳み、輪行バッグに入れて駅舎に入った。
予定では、どこかでゆっくり昼食と思っていたが、時間が無く断念し、コンビニ調達となった。
由布院は東に約20kmほど離れた別府の陰に隠れて、“知る人ぞ知る”温泉街だったという。由布院・湯の平・塚原の三つの温泉地と500以上豊富な源泉を持ち、由布岳を中心する1,000m級の山々に囲まれた由布院盆地がもたらす気候と自然美がありながら、多くの客を呼び寄せるまでにはいかなかった。
だが、東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年の九州横断道路開通で人の流れが生まれ、視察したドイツの保養温泉地を志向した旅館経営の若手“3人組”の登場を経て、約40年かけて年間400万人前後が訪れる一大観光地に育ってきたと言われている。バブル期の大規模開発の波にも、まちづくりの哲学は失われず、湯布院町(当時)は『「潤いのある町づくり条例」を制定し、1,000㎡超えの土地造成及び高さ10m超えの建築物を規制の対象として、町の統一感の維持に努めてきた』(内閣府)という。
只見線沿線には、起点の会津若松を除き、由布院ほどの集客力を持つ観光地は未だない。前述したように、只見線に“乗る事を目的”とした需要を喚起してゆく事が必要だと思うが、沿線地域の観光力を高めてゆく事も疎かにしてはならないと思う。
由布院の多様で豊富な温泉という強力な武器が望めるものでもないが、小さな温泉場が一大観光地に育ったプロセスは参考になるのではないだろうか。移動は只見線を核に、各沿線の住民が地元の資源の価値を高め、自治体間で連携・協力し、10年単位でまちづくりを進めていけば、必ず観光客は増えるだろう。由布院のまちづくりの歴史を知り、街を巡る事で、“観光鉄道「山の只見線」”の確立のヒントをまた一つ得た。
*参考:内閣府 政策括官:平成15年度「地域の経済2003-成長を創る産業集積の力-」(2003年11月) 「九州・大分県湯布院町 -民間人主導で形成された「滞在型保養温泉地」-」/(株)サイゾー Business Journal「由布院、屈指の人気温泉を「つくった」90年の裏歴史…3人の「うるさい立役者」の戦い」(2017年2月10日)/「湯布院町における観光地形成の過程と展望」猪爪範子(地域総合研究所)(PDF) 「造園雑誌」1991 年 55 巻 5 号 p. 367-372
列車の到着時刻が近づき、ホームに向かうと、まもなく大分行きの列車が入線した。
乗り込むと、ロングシート仕様だった。残念だった。県庁所在地で県下最大都市の大分まで約1時間。都市部近郊車両と考えれば理解できるのだが...。
ロングシートは、できるだけ多くの客を乗せるため、移動用の座席形状だ。車窓から景色を見るためには、体を捻るか、正面に座る客の頭越しに見るしかない。観光地に向かう、観光地から帰る場合の旅情が半減してしまう、私は考えている。この九大本線には特急列車も走っている事から、それを避けたい人はこの普通列車に乗らなければよいだけだが...。
只見線でも、ロングシートは多用される。会津若松~会津坂下間が通学・通勤の利用者が多く需要があり、途中切り離しができず、2・3両編成で運行されているため、素晴らしい景色が続く奥会津でも走ってしまっている。しかも、只見線内は臨時を除き、ロングシートが無い特急列車などは走っていない。
福島県を中心とする福島県JR只見線復興推進会議が“観光鉄道「山の只見線」”を目指すのであれば、ロングシートの功罪をJRや住民と話し合い対策を取ってゆくべきだと、私は思っている。
列車は久大本線を順調に走り大分に到着。その後、私は日豊本線の列車に乗り換えて、福島を目指し、帰路に就いた。
今日は「ゆふいんの森」号乗車と由布市街地を無事に巡ることができた。そして三日間の旅は充実したものになった。
国鉄がJRグループとなり30年を超え、列車の形状に代表されるように、各社の特徴が根付いている印象がある。地域に偏らず安定した移動を提供しながら、如何に収益を上げてい行くかという二兎を追う難しい経営中に、各社の工夫が見られる。この創意工夫には、鉄道ファンのみならず、地域社会・経済発展を考える人々の関心を引く事柄も多い。
今後もJR各社の取り組みに注目して、まずは福島県人として只見線の集客や沿線地域の活性化に役立つような事柄があれば、そこを訪れたいと思う。
(了)
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*「JR只見線」参考資料
・福島県:JR只見線 福島県情報ポータルサイト/「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」 (2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(2017年6月19日)
・NHK: 新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」