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tayutauao

8月27日、無題

2019.08.26 15:00

大阪駅のホーム、7号車を待つ列がわたしの季語。

その隙間から見える狭い空がわたしが詩と触れ合う場所。

それは、つまるところ、世界に等しい。


強い言葉を恐れずに使うのはこわい。

今日は、特にこわい。

けれど起こったことを記したい。


今日、胸のマリアが息をし始めた。

自分で不幸せになろうとしなくていいよと、ここがあなたが見ようとしてきた(或いは見てきた)水平線だと、すべてが在るように在るのだと、ゆるしをくださった。教えてくださった。

わたしは生きている。なにも断絶していない。あの人がやめた世界を、わたしは諦めなくてよい。

わたしは持っていくのだと、それだけの力があると言われ、動揺して深呼吸をしたらそれが確信になった。

わたしたちの王国の物語を。生き続けるためだけに必要な、ほかの誰にも必要じゃない内緒話を。わたしが運ぶのだと。

もう過去や今や未来を殺さなくていいのだと言われた。

何かが終わったような気がして、人目もはばからずにわんわんと泣いたけれど。

終わりでも、始まりでも、続きでもない。そんな感じの初めての感覚だった。


うずくまる時間は必要だった。

敵意に満ちた目も必要だった。

僻みも妬みも悲しみも苦しみも痛みも怒りも孤独だって。

抜け出せないことも。

間違うことも。

叶えられないことも。

抗うことも。

分からないことも。

泣くことも。

変われないことも。

こんなことを何度だって繰り返すことも。

生きているから。


狂い咲く花に問う。

吹く風に泣いてしまう。

積雪に沈黙する。

とても自然なこと。


痛いくらいにわかること。

痛ければ痛いほどわかること。


影がよく見えるのは、わたしが光だからだ。

光がまぶしいのは、わたしが影になることもあるから。

どこにも行けなくても、いい。

わたしはここにいる。

わたしはどこにでもいる。

陽だまりはいつもどこかにある。

いつも手を繋いでいたね。

だから、わたし、ここにいる限り、あなたの瞬きする間を、永遠と呼んで、あなたまで照らせますように。

いつも、いつまでも、そばに居られますように。

祈り。祈り。祈り。

いのりというオノマトペ。

音で届くこと。光が知らせてくれること。

ゆっくりと呼吸をするマリアを、ゆるされたことを、教えられたことを、受け取ったことを、この胸を、わたし自身を、祈りと呼ぼう。