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Botanical Muse

美女コレクター

2019.09.20 08:25

お稽古ごとをしていて楽しいのは、全く違う世界の人たちと友達になれるということだ。私が通うお稽古の先生のところには、いろいろな人がやってくる。バリキャリの女性もいるし、大学生の女の子も来る。中でもひときわ目立つのは、苗字を聞けばすぐにどこの令嬢とわかるMちゃんだ。


私はつくづく思うのであるが、お金がうんとあるうえに、美しい娘を持ったら、どれほど毎日が楽しいだろうか。とっかえひっかえかわいいお洋服を着せ、いろんな習いごとをさせる。まわりの人々がうっとりと眺めるのを見て、親はまた楽しい気分になるのであろう。


Mちゃんはまさにこのように育てられて、今、まぶしいほどの芳紀を迎えている。まったく芳紀という古めかしい表現がぴったりのキレイなお嬢さん。芸ごとの好きなお祖母さまやお母さまの影響で六歳から踊りやお三味線を習っていたそうだ。


私はいつもお稽古で会うMちゃんに興味津々であった。Mちゃんにはいつもお母さまが付き添ってくる。車を運転なさって送り迎えしているのだ。そして集まりがあるときには、お母さまにお祖母さまが加わる。このお祖母さまというのが、どう見ても母親にしか見えない若さなのだ。お祖母さま、お母さま、Mちゃん三代並ぶとまさに壮観で、まわりの人たちもよく「本当に美形の血筋よね」とささやき合っている。


ここまで読み続けて「こんなに絵に描いたような箱入り娘って、本当にいるんだわ」とあなたはつぶやくことであろう。しかし、Mちゃんはテクニカルなアイラインをひき、シャープなモード系の服を着こなしている。これが遊び慣れている都会のお嬢さまという感じだ。


好きなときに京都やヨーロッパへ遊びに行っていたMちゃんにとって、ものすごく素敵なものを着たり見たりするというのは、あたり前過ぎるぐらいあたり前のことだったに違いない。

もともとお金持ちのお嬢さまでめいっぱい贅沢に育ってきたMちゃん。美女に成長してからは、最高級の食事やワインを、男性たちがこぞってご馳走している。


もちろんこんな美人を私が見逃すはずはなく「ぜひ、お食事を」と叫んでいた。

かなり大胆に迫り、やや反省しかかったころ、Mちゃんからお誘いがあった。まるで砂糖菓子みたいな女性と仲良くなれるなんて、本当に幸せ。


ということで、その日私たちは夕食を一緒にした。お稽古場から近いところというので、Mちゃんの方が選んでくれたレストランだ。中に入って私は卒倒しそうになった。クリスタルな光のカウンターが続き、そこには外国人トップモデルが談笑しながら立っているじゃないの。すごい光景である。私はよっぽど写真を撮ろうか、サインを貰おうかと思ったのであるが、Mちゃんがそれだけはやめてくださいと必死で言うので諦めた。


これほど美女率の高いレストランは見たことがない。右を向いても、左を向いても美人ばっかりなのだ。やたらかっこいい人たちが露出ギリギリのドレスを着て、音楽に合わせて体を揺らしている。店員さんの冷たい視線にめげず、私は口開けて見てたの。


レストランの薄暗い照明の下、Mちゃんの顔が浮かび上がる。ほんのりバラ色の頬に、睫毛が深く濃い影をつくる。まばたきをするたびに、影が一緒に揺れるのだ。これって女性美の極致っていう気がする。が、不思議なことに、睫毛も影をつくる人を選ぶ。人間、睫毛があれば影ができるってもんじゃない。


まず睫毛の影ができるには、そのような骨格でなければ駄目だ。凹凸のない平べったい顔だと、当然影ができづらい。影ができる人は、美しいプロフィールを持つ隆起の大きい顔じゃないといけない。それから影を映し出す、スクリーンの役目をする肌も大切な要素だ。肌理が細かくないと影はできない。こうしてみると、影というのは偶発的にできる、奇跡のようなものではなかろうか。


Mちゃんは三歳までオランダにいたそうだ。私はつらつら考える。風力発電で生まれ、海抜ゼロメートル地帯で育つと美はディテールに宿るのか。さえざえと白い肌に信じられないほど長い長い睫毛はもう工芸品の領域である。お祖母ちゃまから脈々と流れているキレイの源が、細部にうまく結晶するのか。ぜひ誰か教えてほしい。


やがて話は幼少期から恋愛へと変わっていく。

「私、すぐに結婚したいっていうわけでもないし。今はすっごくお仕事したいんです。そういう気持ちが男の人にも通じるのかしら。だからあんまり寄ってこないんです」

なんてことを言っているけど、手元の携帯はピーピー鳴っている。やっぱり“影のある女性”ってモテるんだわ。


「台湾の友達なんですけど、お稽古が終わったら電話してくれって言われてたの忘れてました」

なんでも大富豪の息子で、外資に勤めているそうだ。東京に転勤してきたときに知り合った。来年四月まで東京にいるはずだったのに、本社から突然辞令がきて、あさってサンフランシスコに帰るとのこと。そしてどうしても今夜中に会ってくれと言っているそうだ。


「そりゃ、彼はMちゃんに告白したいに決まっているじゃないの」私はこういうドラマティックなことが大好きだ。

「呼びなさい、呼びなさい。今すぐここに」

「でもただの友達ですよ」

「友達なんていつでも恋人に変わるのよッ」私は吠えるように言った。


だけどこの男性がなかなか来ないんだな。おめかししているのか、タクシーに乗ったらするという電話がなかなかかかってこない。もう夜の十一時だ。このところ連休体制進行でほとんど眠っていない。


「恵美子さん、どうか帰ってください。私、ひとりで待っていますから」

「女の子ひとり、こんなお派手な場所に置いていけるわけないでしょ」

そんなやりとりがあって、台湾人のチャン君だかヨン君だかが登場。私はお勘定を済ませ、握手だけして帰った。

その際「アイル、プレゼント、ユー、ザ、ビッグ、チャンス(あなたにビッグチャンスをあげましょう)」と言うのを忘れなかった。

彼は「オォ!」と握りこぶしをつくる。


この話を次の日、女友達にしたら「恵美子さん、睡眠不足でヨレヨレしてるはずなのに、どうしてそんなつまんないこと言える元気があるの」と呆れられた。

しかし、活力は体中にみなぎっている。きらびやかな時間ほどキレイに向かって頑張る元をもらえるものがあろうか。私はその確信を深めたのである。「よーし、美活に励もう」とますます闘志をふるわせる私であった。



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