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発達さんのためのでこぼこサークル『ここから』(解散いたしました)

嫌な場所にい続けるのも自傷行為と同じ。わたしは自分自身のSOSを無視し続けた。

2019.08.30 05:55

刃物で自分を傷つけるだけが自傷行為ではない。我慢を続けて嫌な場所にい続けるのも自傷行為と同じだったとわたし自身の過去を思い出してそう感じた。

 

8月25日、精神科医師 松本俊彦先生の講演会に参加した。講演の内容は、主に10代の人たちのSOSに、大人がどう気づいて何をするべきかについてだった。わたしには子どもはいないが、自分の10代で消化できなかったことをどうにかしたいとずっと感じていたから、自分のこととして聞いていた。

 

わたしは、小中学校の頃に学校へ行きたくない時期があった。でも嫌だけど休まずずっと我慢して通っていた。その頃すでに、助けは届かないもので、声をあげても聞いてもらえないものだと学んでいた。そして、傷付くままにしていたけれど、これは自傷行為と同じだった。

 

頭も心もまだずっと柔らかくて本当は守られるべき時期をそんな環境で過ごすと、それが当たり前になってしまうのだ。

そして、一番怖いことは、どれだけ傷ついても、どれだけ苦しい思いをしても、その環境から出ることにもっと恐怖を感じてしまうことだ。未知の環境へ行くよりも、慣れたところの方が安全だと錯覚してしまう。痛みに麻痺していくのだ。その痛みは、心の中にあるものの方がより複雑で見つけづらい。本人にさえわからなくなるのだ。

 

年齢が二桁になったあたりから、息苦しくて、何をするにも違和感があって学校へ行くのが辛かった。朝、みんなで一緒に学校へ行くこと、修学旅行など集団で何かをすること、時間通りに作文を書き終えること、決められた何かをずっとし続けるのが苦手でもあったし、ちらほらいじめもあった。報道されるいじめに比べたら、”よくある”ことだったのかもしれない。クラスや学校のあちらこちらで見え隠れする、取り立ててめずらしくないやり方だ。だけど、それを受ける側は追い詰められる。ターゲットは少しずつ変わりながら、そのうちまた自分にも来る。一度いじめられると、被害を受けていない時期も、「またやられるのではないか」と不安がついて回る。その怖れる気持ちを植え付けるのもいじめなのだ。

 

中学に入って、その不安は、他の種類の不安と混じってピークになった。クラスの数も学校の規模も大きくなって、毎日大勢の中で生活する。加えて、成績や進路のこと、部活のこと、校則やあれこれ。

1年生の冬、2週間くらいほど入院することになった。急性胃腸炎と腸炎で即入院だった。

病院にいてどこかホッとしたのもある。

 

その後、受験の年になってからもまた入院することになった。進路のことで親に反対され、他の大人は誰もわたしの本心に向き合って聞こうとする人は見つけられなかった。そういう意味では、家でも学校でも、安心したり落ち着けるところがなかったのかもしれない。ご飯が食べられなくなり、ずっとお腹が痛くて、診察を受けたら胃腸炎だった。入院で過ごした部屋の殺風景さが、それまでいた日常と切り離してくれるようで心細いはずなのに安心もしていた。

 

もっと、話を聞いて欲しかっただけだったのにな。

 

 

 

講演の中に出てきた10代の子たちと、わたしはとても近いところにいたのだと思う。自傷行為こそなかったけれど、ケガをしたり体調を崩すとどこかでホッとしていた。具合が悪くて動けず休んでいると、そこにいる理由があって安心するのだ。その時は、自分の居場所のなさを感じずに済むから。

 

一緒に出かける友人たちもいた。でも、自分が不安に思っていることを言葉にはしづらいし、そもそもそんな話をするものではないとも思っていた。理解してもらえるとも思えなかった。話してみればよかったのだけど。

帰り道で友人が先に灯りのついた家に入っていくのを見届けた後、自分は暗がりをもうしばらく一人で進まなければならないような、そんな寂しさや孤独感がずっとついて回るのだ。

それは大人になった今でも完全には消すことができていない。

 

帰る家はあったし、ご飯も食べられたし、学校にも通っていたし、部活もしていた。いくつかの教科は成績もよかったし、特に学校で問題を起こしたわけでもない。

学校では、素行が悪いと目をつけられた生徒の方が、手をかけてもらえていた。地味で目立たず声を殺さないと生きていけないと思ったわたしは、手がかからないと思われていた。

 

だけど、それだけで必死だった。家の中では、あまり家族と共有した時間がない。ゆっくり落ち着いて誰かに話を聞いてもらった記憶もない。感情を出すと怒られた。何をどうしたらいいのかわからなかった。誰にも見せない心の奥底で、窒息しそうな思いを抱えたまま、その狭い世界の中で一人でずっと非常口を探し続けていたのだった。

 

あれからずいぶん時間が過ぎた今やっと、「苦しかったよね」ってあの頃の自分に言える。それすら感じてはダメだと思ってしまった10代のわたしに、もう受け止めたから大丈夫、って伝えたい。

我慢なんかしなくてよかったし、学校は休んでもよかったのだ。

ただ、もっと助けを求められる場所があったらよかったのにと思う。そして、周りの大人には、助けを求める方法をもっと教えて欲しかった。

 

 

我慢は、自傷行為と同じ。

「嫌だ」と感じる自分の気持ちを無視する必要は全くない。その声は、はじめには誰にもわかってもらえないかもしれないし、聞こうとさえしてもらえないかもしれない。でも、そんな時でもあなたの声は間違っていない。逃げてもいいし、隠れてもいい。負けになるかも、ってそれでもいい。辛いならそこから離れて。

 

 

 

こういった相談できる窓口もあります:

チャイルドライン 18歳までの子どもが対象の相談窓口。電話、チャットが利用可能。

よりそいチャット LINEやweb上で相談が可能。決まった曜日の午後〜夜に受付中。

よりそいホットライン どんな人も相談できる窓口。24時間対応で通話無料。

 

 

こちらも参考に:

BuzzFeedNewsより 精神科医 松本俊彦さん講演詳報第1弾

自分を傷つけずにはいられない人へ 「決して良いことではないけれど、悪いことでもない」

 

 

 

自己紹介:

今日の執筆者、gomaです。

発達障害のことはごく最近知りました。

診断はまだ受けていませんが、

調べるほど思い当たることが出てきます。

当事者の方々のお話を聞いて、

共感したり共感してもらったりすることで

ずっと感じていた生きづらさが

和らいでいくことを実感しました。

それで、当事者の会へ参加しています。