重力奏法の誤解
腕を上げてみて、力を抜いてストンと落としてみて。この腕の重さで落ちる力を利用するのよ。
ピアノの先生にこのように教わった人も多いかも知れません。私も学生時代に先生から教わりました。最初は上手く出来ず途中で止まっていましたが練習する内にストンと上手に下に落とすことが出来るようになったのを記憶しています。
この重力奏法というテクニック。本格的に広まったのは恐らく20世紀初頭のヨーロッパです。当時の巨匠ピアニストたちの書いたエッセイを読むと重力奏法について記述があったと思います。
かのルービンシュタンも腕を高く上げて落とすしぐさをしていたと記憶しています。
ネットでもよくこの説明を見ますが実はこの考え方には少し問題があります。
腕の重さは、成人男性で片腕3~4㎏程度あるとされています。
4㎏の重りを腕を上げた高さからそのまま落としたらどうなるでしょう。空気抵抗があるといえば結構な衝撃で下に落ちることは簡単に想像できます。
これが鍵盤だったら鍵盤が壊れてしまうかもしれません。
どんな時でも地球に住んでいる限りあらゆる物体に重力が掛かります。
ピアノに手を乗せた時も腕には、地球の重力が掛かっています。
全く腕に力が入っていなかったら鍵盤がジャーンと不協和音を鳴らし下にダランと落ちてしまいます。
でもそういうことにはなりません。
これは構えた時に抗重力筋(この場合、腕の下の筋肉)が働いて腕を持ち上げているからです。
腕を上に上げてストンとどんなに上手くやってもこの筋肉が働きます。出ないと方に凄い衝撃を与えて関節が抜けるか痛めることになります。
野球のボールを投げる時もこの筋肉が働くので腕が衝撃ですっぽ抜けるのを防いでいるのです。
タッチ奏法では、指が完全に鍵盤に着いた状態から鍵盤を押すので手を上げて落とすということはありません。少し手を上げてそのまま打鍵するということもないのです。
ということは落ちる力(重力加速度)を利用するということはない、と言っても過言ではありません。
重力はいつも物体に掛かっています。腕の重さを利用するとしたら抗重力筋の働きを弱くし主動筋の使う力を最小限にする、ということです。
そんなこと言っても、じゃあ、上腕三頭筋をゆるめて上腕二頭筋の力を最小限に入れる、なんてことできんの?
出来ません。
身体の筋肉は複雑に組み込まれておりかつそれを一つずつ意識することが出来ないのでそういう芸当は不可能です。多分。(漫画の世界ではあるかも)
ではどうするか?
それは動きによって力を入れる抜くを制御するのです。
次の項で詳細を説明します。