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✾大正百合喫茶✾ パルテヱル女學校

パルテヱル物語〜柚乃〜

2019.08.31 12:00

仏の顔も三度まで


✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――



私の心には、何かが足りない。

いずれ蝶になる幼虫が、

青々しい葉を一口齧った穴とでも言おうか。

"彼女"がそれを満たしてくれるような気がした。

ずっとそばにいてくれる?

もう失いたくない。二度と。



山積みの紙切れを一枚、また一枚。

學校の最上階。並べられた教室の端には西日の射す生徒会室がある。

オレンジ色に光る机は、熟れた蜜柑のようだ。


ガラッ、


「ねえ!中庭の藤の花がすっごく綺麗なんだ!だから観にいこう?」


「き、紀京さま!ご一緒したいのですがまだ仕事がありまして…ねえ、柚乃さま」


紀京さんたら、また下級の役員を連れ出そうとする。

紀京は一瞬柚乃を見やるが、

柚乃はいつもの如く何も言わなければ見もしない。


「ほら!ね?大丈夫だから!少しだけだし!」


紺色の袴と紫の袴は生徒会室を後にした。

何事も無かったかのようにまた、

山積みの紙切れの作業を進めていく。

今日は珍しく欠席の役員が数名。

故にこの教室には柚乃と、

窓から差す西日のように眩しい橙色の着物の妹。


あの日。

美しい蝶たちが舞う中庭の一角で彼女を生徒会に誘うと、晴れやかな笑顔と共に首を縦に振った。


そして、大切な大切な妹となったの。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

中庭で読書をするのが好き。

大好きな花に囲まれ、風通りも良く、

気持ちがいい。

水仙の花壇の隣で読書をしていると、今日も私を見つけて駆け寄ってくる下級の子。

中庭で読書をするのは、

その可愛らしい姿を見たいというのもあるかもしれない。

かもしれない、じゃないわね。


彼女は上品に袴の裾を上げ整えて、

何も言わず隣にただ座している。

いつも、そう。


今日は少しいつもと様子が違う、気がする。


「…………ているの…ですか?」


聞こえるか聞こえないかくらいの、か細い声。


「雛ちゃん?ごめんね、聞こえな…」


「誰を見ているのですか…!!遠くを見て、いつも誰を想っているのです…?!」


瞳いっぱいに溜めた涙が溢れ落ちそうだった。


「わ、私は、柚乃さまを見ています…。いつだって。いつでも、どんな時も。でも柚乃さまはいつも頭の片隅に誰かを想っていらっしゃる。近くにいる私の気持ちにも気付かずに……私の頭の中は柚乃さまで染まっているのに………!」


ああ、私ったら。


妹としてそばにいたいと思うこの子を

知らぬ間に悲しませていたのね。

"どうしてこれほどにも私の心を温かく、齧られた穴を優しく埋めてくれるのでしょう"

と、考えていたの。


言葉にしなければ伝わるはずもないのに。


「悲しませてしまって、ごめんなさい。

私にはあなたが居てくれたらいい。」


着物の袖からちょこんと出ている色白な手を取る。


「私の。柚乃の妹として側に居てくれないかしら。ずっと。」


ーーーーーーーーーーーーーー


ガラッ、


「ねえねえ雛菊ちゃん!」

「いけません!!仕事中です!!!」


ドアを開けた椿も、目の前の雛菊も目を丸くした。初めて、みた。


「えっとー、ごめん。聞きたいことがあっただけ…また今度にするね!それじゃ!」


足早に去った彼女。

申し訳ないことをした。ため息がでる。

自分でも驚いた。

こんなに感情的になったことなんて無かったのに。


「柚乃さま!少し窓を開けましょう!もう涼しくなってきた頃ですよ。」


そう言った彼女の艶やかな髪を風が揺らし、

白い肌はオレンジ色に染まった。

白いレースのカーテンが彼女にベールをかける。


ああ、なんて美しい妹なの。

絶対に手放したくない。

もう、手放したくない。


初めて彼女が私のもとへ駆け寄って来た時、

優しい光に包まれた気がして。

それがなんだか、

とても心地が良かったのよ。