【Interview】長く続けるために向き合う、自分のなかのバランス(後編)──荒井岳史 [the band apart]
the band apartのギター・ボーカルとして、15年以上ギターロック界の中心で活躍し続ける荒井岳史さん。もともとラグビーをやっていたという彼が、近頃また、走っているという。2011年の震災以降はソロでの活動機会も増えた荒井さんが、走るときに頭のなかで流れている音、そして考えていることとは。
30代から変化した、音楽とランのスタンス
--走ることに対する意識が変わってから、聴く曲も変わりましたか?
20代の頃は、とにかくテンションを上げるための曲を聴いていたような気がします。ハードロックやメタリカ、メガデス、スレイヤー、みたいなスラッシュメタル。今となっては「疲れるじゃないか」と思いますけど(笑)。でも当時から今につながる傾向はあって、1曲は何かしらゆるい曲を入れることが多かったですね。アルバムだったら、一枚のなかに燃える曲もバラードも入っていたりするので、ボン・ジョヴィのベスト盤をそのまま聴いたり。音楽プレーヤーの機能がどんどん良くなって、曲順を編集できるようになってからも、お気に入りのアルバムを1枚通して聴きながら走るのが好きでした。
あと、僕は好きなものをずっと聴いちゃうタイプなんです。かれこれ10年くらい聴いているのが、今回のプレイリストにも入れたSpymob。N.E.R.D. のバックでやっていたひとたちなんですけど、すごく好きですね。
--走ることと同じで、音楽にもバランスを求めているのかもしれないですね。バンドだけではなくソロもやってみようというのも、ちょうどよいバランスを探っているような印象を受けます。
それはすごくありますね。時代の流れもあるとは思うけど、いろいろやってみたほうがいいな、と感じることが多くなりました。ソロをやっていると、バンドだけやっていたら恐らく出会うことはなかっただろうってひとにも会うんですよ。そしてその出会いがまた次の活動へつながっていく。バンドだと、誰か一人が仲良くなっても、あとのメンバーは話したことがない、みたいなことにもなりがちですが。一人で行くからこそ、そこにいるひとと仲良くなれる部分もあると思います。
ひととの相性も、ある程度一緒に話してみないとわかりませんよね。だから、音楽活動においてもいろんなことやったほうがいいと思うし、結果的にその経験を自分の本拠地であるバンドにフィードバックできればいい。音楽活動もある程度の年数やってきたし、もうちょっといろんなことしてみてもいいのかなって。自然にできるようになってきたっていうこともあるんですけど、今の時代的にもそういうやりかたが合っているんじゃないかなって、僕は思ってます。
--それは、震災の影響も大きいですか? それとも、歳を重ねるごとに徐々にといった感じでしょうか。
両方ですね。音楽に対する取り組み方、というか気持ちがすごく変わってきています。“なんのためにやっているか”の部分が20代と今とではだいぶ違いますね。震災後にいろいろと影響を受けたものはあったんですけど、それ以上に「俺が影響受けてる場合じゃない」って感じたんです。歌いに行かせてもらって、被災地の皆さんの姿を見て、逆に俺が「すげえな、俺ももっとがんばんなきゃ」とか思っていてはいけないと。それに気づいてから、より聴いてくれるひとのことを思うようになったというか……どんなにつらくて大変なときでも、自分の音楽を聴いている瞬間だけは悲しい気持ちから離れられたらって。その後の気持ちが、ほんの少しだけでも前向きな方向に変わってくれたらって考えるようになりました。そういうところで、音楽のスタンスが自分のなかで変わっていく、かなり大きな転換期になっていると思います。
今、ソロの曲作りでは、いい意味で軽いというか、広いものをつくりたいというような気持ちがありますね。昔は聴くひとをびっくりさせるようなフックのあるものを作ろうという気持ちがすごく強かったんです。でも今はそういうことじゃなくて、もっとBGM的なものというか……それこそ、走って流して聴ける、というようなもの。ただ美しくて癒されるような、多くのひとに馴染みやすいものをソロでは作れたらいいな、と考えるようになりました。
--荒井さんは、ツアー先でも走られたりしてるんですよね?
「近くにお城があるからそこまで走ってみよう」というような感じで、旅行先を散歩するような楽しみ方をしています。でも知らない土地だから「この先いけないじゃん!」みたいなすごい道にはまりこんだりすることもありますよ(笑)。ライブのMCとかでも、そこを走ったことで出会ったものについて話したりすることもあって。知らない場所を走るのって面白いですよね。
--石巻や大船渡を訪れた際も走られたのでしょうか?
それもやりました。石巻の日和大橋という河口にかかった橋の上で、街側を見ながら走ったりもしました。石巻の街を走るうちに「あっちのほうはどうなっているんだろう」と、どんどん遠くまで行っていて、気がついたら人生初の10kmランになっていたんです。
道を確認しながら走っていても、地震や津波の影響で地図通りじゃないところが結構あったり……そういうことに気づきながら走ることで、改めて現状がわかった部分もありました。大船渡には友人がいることもあって、かれこれ10年くらい縁あって行っているのですが、今はちょうど、津波で土がごっそりもっていかれたところを嵩上げしているところで、地図や自分の記憶とまったく違うんです。走ってて、これ以上は先に進めないっていうことがしばしばあって。新しい道路ができ防波堤が立ち始めて……でも来年や再来年で完了する話じゃなく、10年、20年スパンの話だから。いろんなものを見ながら走ることで、現状を整理していってる感じもありますね。そういうときは、音楽は聴かずに周りの景色に集中しています。
--震災と、ソロを始めた時期と、ランを続けようと思った時期のすべてが重なりあっていますね。
そうなんです。それぞれが影響し合ったこともあって。これからも、規模は関係なくソロ活動もなるべく続けていきたいですし、たくさんの東北の友達のところへ行きたいな、と思ってます。そういう場所で歌い続けるためにもソロというツールは自分にとって重要。もちろんバンドとしても行きますけどね!
そんななか、走ることは本当にリフレッシュになっています。走ることで、考えすぎなくて済む。なんというか……音楽的にというよりも、ひととして煮詰まってるときは何も聴かないことが結構あります。走っているときって無心に近い状態でもあるから、変に屈折したり、ひねくれたりしなくて済む、というか。だから悩んでいるときほど、あえて音楽の力を借りずに、みたいなことがありますね。もちろん音楽に力をもらうこともあるんですけど、その逆もやってみる。それでも最終的には音楽へ戻ってくる、みたいなのがいいんですよね。
たとえ聴いてなくても自分のなかで音が流れているってことはよくあって、制作期間中は新しいことを思いついたりもします。
--では、音楽を作ることと走ることも、結構直接的なつながりがあるのですね。
今までは楽器持って「よし作るぞ!」ってタイプだったんですけど、必ずしもそうでなくても浮かんでくることがあるってわかって、それがすごく新鮮でした。今までの制作期間は“食うか寝るか作るか”だったけれど、気分転換したほうがいいな、と思って、走ったり、いろんなことをやっています。逆に俯瞰で見たほうが、見えるてくるものがあるってことなんだと思います。
--音楽制作のためのインプットはどのようにされているのでしょうか?
好きな映画や海外ドラマでかかる音楽を調べる、というような感じで新しい曲に出会うことが多いですね。あとは、友達に勧められたものだったり。
でも最近は「何を聴くか」よりも、いろいろな場所へ行ったり、初めてのひとと会ったり、走ったりする経験のほうが制作に影響していると思います。風情や情緒のようなものというか、いろんなところに行って、いろんなひとと会って、いろんな気持ちになるほうが、曲をつくるときのインスパイアや、最初のきっかけになっている気がします。結構引っ込み思案なタイプなんですけど、わりとそこをオープンにして、いろいろなことをやってみています。もちろん好きで買った新譜とかも聴くんですけど、そういうものに直接的に影響を受けるというよりは、音楽以外のところからの部分が大きいですね。
やっぱり30代になってから、作るものが自分の本当に好きなものに原点回帰している傾向があります。20代の頃のほうが、よっぽど聴いた瞬間のものを追いかけてやっていたような感じでした。
あとは、長いことやっているうちに、昔ほどいろいろなことが恥ずかしくなくなってきたということもありますね。以前はとにかく自信が無くて、なにかに挑戦するとしても恥ずかしいと思ってしまっていたので。今も自信満々というわけではないですけど、恥ずかしそうにしている奴を観ているほうが気まずいってことに気づいてからは、そういうふうにならないようにしてますね(笑)。だから、できるだけ振り切って、いろいろなことに手を伸ばすようにしているんです。
ウェアに関しては長いことこの組み合わせでずっと走っています。普段は一人で走っているし、ひとにお見せする前提でもないのでなんだか恥ずかしいですが……(笑)。シューズは最近新調したばかり。グローブはトレラン用のもので、山にも何度か行ったりしています。
Photo: Watanabe Akane/Text: Suzuki Emiri
荒井岳史
1978年生まれ。the band apartのギター・ボーカルとして活動中。伸びやかで芯のある歌声と、複雑なコードカッティングも弾きこなす卓越したギターセンスで、the band apartのフロントマンとして独特の存在感を放ってきた。近年ではバンドでの活動に加え、ソロ活動として自身が企画するイベントをはじめ、ライブ出演などを精力的に行う。2013年8月に初のソロ・ミニアルバム、2014年7月には1stフルアルバムをリリースし、2016年2月3日に2ndフルアルバム「プリテンダー」をリリースした。
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