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ふらっと旅人 / Flat Tabibito

自然の巡りを感じた、ねんどの時間 〜シューマッハ・カレッジの学び〜

2019.06.17 10:41


毎日、ジワジワっと感激が浸透してきます。


ビュンッとボールが飛ぶような速さではないのは、一つの分かりやすい答えが飛んでくる訳ではないから。


答えだったり、講師側による、ここに導きたいという意図的なものもないから、ただ自分自身が感じるだけ。


自分が解釈を加えて、私なりに腑に落として消化していくので、「ジワジワ」という速さなのです。



ねんどの時間  



私たちに、あらかじめ伝えられていたのは、「Clay(粘土)」のクラスがあるということ。


「そっかぁ〜、何か工作でもしてクリエイティビティを養うのかしら?」


それくらいしか想像をしていませんでした。



いざ、クラススタート!!



最初に、これから使う粘土についての説明がありました。

が、単純な粘土の使い方の説明ではありません。


粘土が、自然界の中で、どのようなプロセスを経て、私たちの知る「ねんど」になっていくのかを説明してくれました。


ちなみに、ここで登場する「ねんど」は、学校の図工の時間で使う、工業製品の「ねんど」ではなく、天然の「ねんど」です。


混じりっけも、加工もしていない、

1000%天然物です!!


こんなに美しい絵を掲げての説明。

けれど、通訳の子も困ってしまうくらい、かなりマニアックな専門用語が出てきていました。

(主に、地理学や地質学などで使う専門用語かと思います。)




これが、ホンマもんのねんどー!!



学校の横を流れる川から、講師の先生が採取して来てくれた「ねんど」を使用しました。


工作をするために、 

それぞれに一塊ずつ渡されたのですが、


ですが、

ですが、


ねんどを、ふと見ると、


小さなゲジゲジ虫みたいなモノが

這っている(笑)。


そう、うごめいている!


あと、枯葉やら小枝も混ざっている。

一瞬、ゾッとしたけれど(笑)、


あぁ本当に自然の産物なのだなと実感。


自分の手のひらの上に広がる、

自然の流れに小さな感激を感じました。


誰が何を作ったかは、

重要ではないようです。




各々好きなものを作って、最後に発表をして講評会でもするのかなと思いきや、ノンノンノン。


そんなものは、無かった。


ここはシューマッハ・カレッジ!!


作った作品を自身の手のひらに乗せ、そのまま部屋を飛び出し、私たちは森に入りました。


そして、


先生が「森の中で自分の好きなスポットを見つけて、そこにあなたの作品を還しましょう」と私たちに告げました。


それぞれ、お互いが何を作ったか気になりつつ、私たちは、それぞれ広大な森の中で「自分スポット」を見つけるために、四方八方に散り始めました。

どこでもステキ〜! 


とか思いつつ、探し出すと、なかなか気に入った場所が見つかりません。


しばらく、森の気配と自分を同調させる。



少し脱線すると…、



どうやら、このクラスでは、「何を作るか」は重要ではないようです。


最初に与えられたお題も、「今、自分が感じていること」をカタチに表すと言ったような抽象的なものでした。


誰が見ても分かりやすいカタチ、

例えば動物とか、家とかになった方が、

「映える」し、「説明しやすい」し、

皆んなの目に留まりやすい。


けれど、大切なのは、

自分が自分の気持ちを、

ねんどを介して、

どれだけ表現できているか。



話を戻します。



気がつくと、多くの人とはだいぶ離れてしまい(笑)、戻る時間も考えると、さすがに焦り始めました。


シダ類の植物の根元にそっと置かせてもらいました。


巡りめぐる、ねんど。



最初は砂だったのか、

岩が崩れたものだったのでしょうか。


川の流れと共に下流への旅が始まり、

やがて堆積して粘土となった。


先生が「ねんどの時間のために」と

採取をする。


そして、今回は私たちが、

そのねんどで作品を作り、 

森の中で土に還す。


先生曰く、

「雨が降ったら、

溶けてなくなるから大丈夫だよ。」

とのこと。

森の中で、

地面の表面土をちょっと足で擦ると、

私たちが、こねていた「ねんど」と同じ、

粘土層が顔を出してきました。


これを見て、

「あぁ、棄てるのではなく、元に戻すだけなんだ。」と腑に落ちました。


1つの物語を体験したような

「ねんどのクラス」でした。



単純に、「ねんどを使って表現することを学ぶクラス」ではなかった、この授業。


自然の循環の中で、自分たちが学ばせてもらっていることを強く感じました。


「ねんど」になるまでの果てしないストーリーを聞いて、「ねんど」を触る。

けれど、その「ねんど」は私の手元で止まることなく、自然界へと、また戻る。


このねんどのクラスは、自然界の循環を描いた、一つのストーリーのようだと感じました。


そして、

生徒も受け身の傍観者ではなく、

登場人物であること。



その教育理念に美しさを感じ、

静かに感激をしていました。