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【学会大会報告】着地(落下)の衝撃が脳に与える影響

2019.09.08 06:11

皆さん、お久しぶりです。 

中京大学大学院の榎将太です。 

シーズン前半も終了し、各年代の全国大会が行われましたね。 

皆さん自分の力を出し切れましたか? 


さて、今日の本題はタイトル通り、棒高跳の落下の衝撃が脳に与える影響についてです。 

スポーツを行うことで及ぼす体への影響は良いこともありますが、時に悪いこともあります。 

その危険性(リスク)について知っておくこと、知ったうえでスポーツを選択する、そしてその予防をすることが必要だと考えています。 


この記事は、皆さんにとって面白い話ではないかもしれませんが、大事な話です。 

もしかしたら反対されて公開されていないのかもしれないけれど・・・(笑) 

よかったら最後までお付き合いください。 

(今回の記事の内容は2019年日本アスレティックトレーニング学会で発表しました。)


【スポーツと脳への影響】 

近年アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツを行っていた選手の間で慢性外傷性脳症(Chronic Traumatic Encephalopathy:CTE)と呼ばれる進行性神経変性症が問題となっています。1) 

アメリカではCTEで亡くなった元プロアメフト選手の遺族に対してNational Football League(NFL)が莫大な損害賠償を支払うなど社会的な関心が高まっています。 


このCTEは繰り返し頭部に衝撃が加わることで起こり、特殊なタンパク質が脳に蓄積することで脳が徐々に委縮してくことが特徴とされています。 

 現在、CTEは死後に解剖することでしか明らかとすることができず、脳に衝撃が加わった時の代表的な傷害である脳振盪(しんとう)との因果関係も明らかとなっていません。 

CTEで亡くなった人の84%は脳振盪の既往歴(17.0±3.4回) 3)が報告されていますが、残りの16%は脳振盪の既往歴がなくCTEを発症しています。つまり、明らかな頭部への衝撃による傷害がなくともCTEが発症することも考えられます。 


そこで近年、脳振盪のような症状を引き起こさない頭部衝撃で、脳が頭蓋内で揺れることで引き起こされる軽微な頭部衝撃(Subconcussive head impact:SHI) 4)の長期的な蓄積がCTE発症の危険因子として注目されています。3) 

※SHIは加速度計を用いて頭部加速度を測定し、10G以上の衝撃を基準としています。10) 


例えば、サッカーのヘディングやアメフトのタックルなどが挙げられます。 

SHI(頭部衝撃)と目のピントを合わす眼球運動(輻輳近点)への長期的な影響5,6)、バランスをとる前庭機能への一時的な影響7,8)が報告されています。  


➀アメフト選手の脳振盪をしたことがある群 

➁アメフト選手の脳振盪をしたことがない群 

③アメフトをしていない健康な人 

以上の3群で記憶をつかさどる海馬の大きさを比較したところ、③>②>①となっていたことが報告されています。9)

つまり、頭部への長期的・継続的な衝撃で脳が萎縮する可能性が指摘されています。  


【棒高跳と脳への影響】 

そこで私は「棒高跳にもSHIが起こっているのでは?」と考えました。

 アメリカの学生スポーツを取り仕切っているNCAAでは脳振盪の起こりうる可能性を競技によってレベル分けしています。11)

その中で棒高跳は陸上競技(Track & Field)とは別に区分され、ラグビーやアメフトなどと同様の分類となっています。 

私が自らの頭頂に三軸加速度計を張り付けて跳躍を行ったところ、振り上げずに足から着地した失敗跳躍以外は10Gを超えていました。  


そこで、昨年の10月ごろ大学生棒高跳選手と混成選手の計11名を対象に実験を行いました。 

シーズン最後の試合から1週間後のシーズン最後の跳躍練習の前、跳躍練習直後、練習1日後、1・2・3・4週後、まで目のピントを合わせる能力とバランス能力を測定しました。 

結果は最後の跳躍練習直後とそれから3週後および4週後のピントを合わせる能力に有意な差がありました。つまり、跳躍練習による頭部の衝撃はSHIであり、脳への影響がある可能性が考えられます。

アメフト選手を対象とした先行研究においても頭部の衝撃がない練習3週後に有意に低下していることが報告されているため、同様の結果でした。6) 


跳躍練習直後(post0h)とそれから3週後および4週後のみに有意な差が見られたのは、練習前に測った値(pre)がその前に行われた跳躍の影響で高くなっており、3週後または4週後が真のベースの値であることが考えられます。 


要するに跳躍による脳への影響は少なくとも3週後までは続くことが考えられます。 

現段階では、どこまで回復すれば再び跳躍をやっていいのか判断はできません。 

この記事で皆さんに知って欲しかったことは、棒高跳にもリスクがあることです。


この結果を見て、私が棒高跳をやめてほしいわけでもなければ、自分自身がやめることもないです。 

例えばボックスに落下してしまい、万が一、脳振盪を起こしてしまった場合など、この記事を思い出してすぐに病院に行くことができれば、今回の記事・研究が皆さんにとって、意義があるものだったのではないかと思います。  

そして、脳への大きな負担を防ぐためにも、まずはマットの整備をしましょう!! 

皆様が安全に楽しく棒高跳を行える手助けになればと思います。 



1. Mez J, JAMA. 2017;318(4):360-370 

2. Harrison SM, JAMA. 1928;91(15):1103-1107 

3. Stein TD et al., Curr Pain Headache Rep. 2015;19(10):47 

4. Bailes et al. J Neurosurg. 2013;119(5):1235-1245 

5. Kawata K et al. Int J Sports Med,2016;37 

6. Kawata K et al. JAMA Ophthalmology,2016;37(5) 

7. Haran FJ et al. Int J Sports Med,2013;34 

8. Hwang S et al. J Neurotrauma, 2016;33 

9. Singh et al. JAMA 2014;311(18) 

10. King et al. Sport Med 2016 

11. 2014-15 NCAA® Sports Medicine Handbook