三重遠征第6弾 アセボ峠
今回の三重遠征の最後を締めくくるこのレポ。
毎度のことながら最後は滋賀県南部の峠なのですが、ちょっと名前が変わっています。
アセボ峠
その変わった名前と頭文字が「あ」ということもあり、関西の道好きの間では比較的有名な峠です。
それではレポスタート!
さてレポスタート地点のここは国道307号、目指す峠はここを左折します。
前回の桜峠に引き続き、旧町域で言えば信楽町。
タヌキの里です。
左折した道はいきなり幅員減少。
やっつけ感満点の道ですが、これでもれっきとした主要地方道。
滋賀県道53号牧甲西線(まきこうせいせん)
ホント、滋賀の主要地方道って奴は・・・!
この道沿いには日本の歴史上、重要な史跡が残されています。
紫香楽宮跡(しがらきのみやあと)
紫香楽とは信楽に通ずる古来の地名表記です。
実はここ745年1月からわずか5ヶ月間ではありましたが、日本の正式の都になっていた時期があったのです!
時系列としては710年の平城京遷都、740年恭仁京(くにきょう)遷都、745年紫香楽京遷都、同745年難波京(なにわきょう)遷都、同745年平城京遷都となります。
745年のごたごた感が酷い。
・・・今も昔も政治がごちゃごちゃしてるのは変わりないようですね。
紫香楽宮跡を過ぎると道が広くなり、目の前には巨大道路構造物が。
新名神高速道路
丁度この辺りは信楽インターチェンジの辺りです。
インターが接続しているのは先ほどの国道307号なので、県道は素知らぬ顔で高架橋をくぐっていきます。
しかし日本のガーダー橋技術は凄いですね。
最も基本的な橋のかけ方(柱2本の上に桁を固定)の一つなんですが、それだけでこんな立派な道路を作っちゃうんですもん。
アーチやトラスは確かに美しいですが、シンプルイズベストなこの姿もちょっと惹かれます。
スタイリッシュですよね。
意外と盛りだくさんな周囲をよそに、県道53号はいよいよ山道に突入です。
起点付近の幅員減少が嘘のように片側1車線で快走していきます。
ゴルフ場の脇を過ぎればいよいよお出ましの異常気象封鎖ゲート。
さぁこっからが本番だ!
麓では消えた残雪が残ってるあたり、標高と気温の関係がよくわかります。
停車して窓開けて撮影してるんですが、マジで寒い。
小春日和でもこれだもんなぁ・・・。
まぁとはいっても日なたに出れば雪も姿を消し、気持ちのいい開けた峠になります。
明るい印象の峠ですね。
しかし通行量も少ないし、気持ちのいい峠です。
主要地方道の峠ってのはこうでなくちゃ。
ね、筒井峠さんよ。
しかしそれほど高い峠で無いのも事実でして・・・、
アセボ峠、着。
標高470m。
マセボ峠とも呼ばれます。
峠は市境になっていて、甲賀市と湖南市を隔てています。
切り通しが気持ちいい峠ですね。
この変わった名前の由来は汗疹(あせも)からという説が一般的です。
重い荷を背負ってきた旅人達が背中に汗疹を作りながら越えた峠ということですね。
しかしこの名前をカタカナにしたのは良い判断ですね。
汗疹峠って嫌ですもんね。
峠の脇には登り口がありました。
気になる先には峠には必要不可欠なものが。
お地蔵様に巡り合えたのはなんか久しぶりな気がします。
手を合わせて今年一年の安寧を祈りました。
お地蔵さまは峠からはこんな感じに見えています。
皆様もお立ち寄りの際にはぜひ手を合わせてください。
峠を見下ろすいい位置にありますよ。
さて湖南市に入りましたが、こちらは甲賀側よりなかなか急な線形。
こんな素敵なヘアピンカーブまでありました。
いいねいいねぇ。
スピード出し過ぎたらすっ飛んでいきそうな食い込み加減だねぇ。
蝙蝠峠にもありましたが、この減速帯って奴も僕はけっこう好きなんですよ。
なんか必死さ感じませんか?
この道で死なせてなるものか!!的な執念を感じてしまうんです。
路肩には湧水がありました。
琵琶湖を有する滋賀県だけあって、水の県なんですね。
けっこう汲んでる人がいてびっくりしました。
一気に下って後は平坦というタイプの峠でして、勾配が落ち着くと延々と山道です。
桜峠もこれに近く、僕としてはレポに表現しづらいいやらしい奴です。
見どころプリーズ!
結局見どころは無いまま(!)、レポ終了地点まで来てしまいました。
ぶつかった道は滋賀県道4号草津伊賀線(くさついがせん)です。
これを右折すれば三重県に帰れますよ。
さて、長かった今回の三重遠征も今回で終了です。
次回は、しっかり福井県内ローカルネタに戻ります。
以上、アセボ峠編