開業10年を迎えて
中曾禰弘治先生(井本整体認定指導者)
《開業について》
『立派な建物で下手な操法をするよりも、バラックで気を高めた操法をするほうが、よっぽど価値がある』これは、井本先生が何気なく言われた一言です。開業を意識していた当時の私の中に、ゾクゾクっと入ってくる言葉でした。
今から15年程前になりますが、当時の原宿道場で初めて井本先生の整体操法を拝見しました。もう味わうことのできないあの張りつめた空気。その奥で操法中の先生を見たとき、本当に先生と患者さんの周りだけ靄に包まれていました。緊張しすぎて目も見えなくなったかと思いました。『これが整体か!!』この時、中等講座生でまだ整体を学び始めたばかりでした。生まれたばかりの動物の赤ちゃんが、初めて目にするものを親だと認識する感じなのでしょう。
この体験をして間もなく、徳山道場に行く機会を与えていただきました。突然のことでした、「これから阿知須に行こう」言葉の理解をするのに困っていると、「そうかね、忙しいか…」先生の気が離れていく。自然に体が反応して、先生の前に座り直し、そのまま宇部空港です。日常から完全に切り離された感受性は、幼少期に戻った感覚になります。徳山道場は、そんな私でも包み込んでくれるような空気でした。懐かしさすら感じます。
何十年も通われている患者さんが、「どこから来られた?」と柔らかく話しかけてくれます。
(中略)
《臨床について》
お一人お一人、一日一日の積み重ねで時間は経ちましたが、やっていることと言えば技術は高等講座まで、それと人体力学の診方だけです。十分ではありませんが、これができれば人の体は変わります。しかし、これだけでは心はついてきません。整体ではなくなってしまいます。
記憶の中にある、決して色あせることのない先生の映像をいつも頭の中で再生させ、先生になったつもりで動き、言葉を出す。笑われても構わないが、得るものもある。調子が出てくると、「整体をナメテイル」という声に一喝される。
それだけではない、今までに道場で練習してきた方々との体の記憶が必要な場面で、フッと助けてくれる事がたくさんある。
整体は一人ではできない。
こんな事を思いながら、毎日臨床に臨んでいます。
開業前に尊敬する3人の方から「あなたは10年はかかるよ」こんな言葉をいただきました。
これまではただただ夢中で走り回っているようでしたが、ようやく簡単な手書きの地図を片手に多少の支度を整えて、やはり終わりの見えない道を少しスピードを上げて進める気がします。
(人体力学・井本整体 機関誌「原点」2017年5月号より 一部抜粋)