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中村鏡とクック25cm望遠鏡

ZEISS(ツァイス)①

2019.09.15 07:16

 ツァイスと言えば超一流、でも高価というイメージを私は抱いていました。ツァイスは、ドイツの超有名企業です。私もかつて、ツァイスの双眼鏡(7×42BGA Ciassic T*P、Galan)を持っていたことがあります。特に、7×42BGA Ciassic T*Pは、景色が油絵のように見える、他にはない見え味の別格の双眼鏡でした。残念ながら今は、両双眼鏡とも、手放してしまいました。

 ところで、顕微鏡について調べるにつれ、ツァイスについて私は何も知らないということがよく分かってきました。

 カール・ツァイスは、ツァイス工業の創業者の名前です。創業は1846年。場所は、ドイツ東部の古都イェーナです。カール・ツァイスは、イェーナ大学のために理化学機器を作製し、納入する技師でした。また、顕微鏡の製造者としても有名でした。しかし、当時の顕微鏡用レンズの製作は、職人の勘が頼りという効率の悪いものでした。そこで、カール・ツァイスは、顕微鏡用レンズの製作にも、きちんとした理論があるはずだと考えました。カール・ツァイスは、イェーナ大学の物理学科にやってきた、若干26歳の物理学者エルンスト・アッベ(何と無給の講師)に相談しました。

 その日から、ツァイスとアッベの共同研究が始まりました。アッベは、学者としても超一流でしたが、経営者としても超一流でした。工員の作業を分割し、きちんとした理論をもとに、レンズの製作も行いました。アッベは、次々に発明(顕微鏡用照明装置・屈折計・焦点計)をしました。アッベのこれらの発明により、イェーナ大学は、アッベを員外教授(それでも正教授ではない)に任命しました。ところが、アッベが5年ほどかけて行った顕微鏡の改良を、世間の技術者は認めませんでした。

 世間が認めない間に、ツァイスの顕微鏡は、他の業者が真似もできない程の高品質なものに変わっていたのです。この後、アッベは、カール・ツァイスと共同経営者になります。

参考文献:ツァイス激動の100年,アーミン・ヘルマン著・中野不二男訳,新潮社