「人民元の為替ルートは決壊するだろう」と、筆者は2013年頃から早々と予測してきたが、いまや中国の金融専門家のほとんどが口を揃え始めた。(2)
<ライフスタイルが作る需要>
・リーマン・ショック直後、10%まで上昇したアメリカの失業率は4%台まで低下し、完全雇用状態になりました。
アメリカの雇用が、どのセクターで増加したのかを見ると、そのほとんどが教育・医療、専門サービス、娯楽・観光など、個人向けサービス分野であることが分かります。IT革命の下でのイノベーションと、個人のライフスタイルの変化が進行し、個人向けサービス需要が急増しているのです。
そこには、情報化時代の新ビジネスモデルと新ライフスタイルが垣間見えます。
<いま起こっていることは、「ザ・セカンド・マシン・エイジ」、つまり第2の産業革命なのです>
・そして、前出の二人の著者が主張している第二の産業革命とは、いよいよ人間の頭脳を機械が代替する時代に入った、という概念です。ロボットや人工知能、あるいはスマートフォンやクラウドコンピューティングなど、現代の様々なシステムが、人間の頭脳労働をも代替してしまうことが起こっているのです。
その顕著な例は、自動車の自動運転です。
<第2次産業革命が作る楽しい生活>
・安倍晋三内閣は、成長戦略の一環として「働き方改革」に乗り出しました。それ自体、コンピュータなど機械による雇用機会の侵食を奇貨として、より人間的な働き方を追求するという画期的なものですが、それを貫徹させるには、働き方だけではなく、ライフスタイルの改革まで進めなければならないと思われます。
<より豊かな生活で雇用も増大>
・しかし、労働者のスキル向上と経済成長があれば、雇用を満たしながら、人々の生活を一段と向上させることが可能になります。企業の資本余剰は、いずれ、賃金上昇、株主還元、株価上昇となって消費を拡大させ、人々のライフスタイルは、一段と高みに引き上げられるでしょう。
<企業利益は最高、金利は最低>
・アメリカで起きている歴史的な経済イノベーション、消費力増大によって、持続的な成長の可能性が見えてきました。
アメリカ経済の好調ぶりは、これからもしばらく続くでしょう。その根拠は以下の4点です。
第一に、アメリカ経済の成長の推進力は、改めていうまでもなく、サービス消費の増加にあります。
二つ目に期待できるのは、アメリカの住宅です。
三つ目に、これが最も期待できるものとして、公的需要があります。
四つ目のアメリカ経済のポジティブな要素は、信用循環です。
・低金利の時代が続くとすれば、アメリカの信用拡大はまだまだ続き、それがアメリカ経済の好調さを足元で支えることになるはずです。
<ドル本位制の最盛期が始まる>
<古代ローマ帝国の輸出品は貨幣>
・1時間で作った貨幣でもって1年分の豊作物を買えるというのは、古代ローマ帝国の貨幣が、いかに強いものであったかということを意味しています。
・つまり、帝国が帝国たりうるためには、経済面から考えると、いかに強い通貨を持てるかという点に尽きます。強い通貨がなければ、帝国は完成しないのです。
<アメリカ帝国の総仕上げの段階>
・そして、繰り返しになりますが、トランプ政権のポリシーミックスは、明らかにドル高政策ですし、今後、経常収支が予測通り黒字化し、かつ相互補完分業が確立されれば、ドルはさらに上昇します。
ドル高になれば、諸外国の資源や技術、企業のドル建て購入価格は、それ以前に比べてバーゲンセールのような水準に下がる。安く買収できるのです。これは、アメリカの国力増強にとって、非常に有利です。
<ドル高・元安で米中逆転は不可能>
・これはアメリカにとって一大事です。どうすれば米中経済逆転を回避できるのでしょうか?一つは中国が享受しつづけてきたフリー・ライド(ただ乗り)を止めることです。しかし、より本質的なカギは通貨です。大幅にドルが上昇し、一方で人民元が対ドルで暴落すれば、米中の経済逆転は予想可能な将来においてまったく実現せず、懸念される覇権の衝突は未然に回避されるでしょう。
<中国とロシアの危機でドル政策は>
・ルーブル危機の際には、危機が沈静化した1999年以降、アメリカは利上げを再開し、再びドル高トレンドへと戻っていきました。2016年も、中国の景気底割れ回避策と資本規制強化により、中国の通貨危機が封印され、FRBは利上げ軌道に復帰し、ドル高トレンドが戻ったのです。
<ドル高で最も苦しむ国は中国>
・ドルはまた、アメリカの地政学的利益を反映する、あるいはその手段になるという側面も持っています。今後、予想されるドル高のデメリットは、恐らく中国において顕著に現れると見られますが、それはアメリカの地政学的利益につながります。
・今後、アメリカの利上げが進捗し、さらにドル高が進む場面では、中国の景気は、他の諸外国のなかでも、最も厳しい状況に追い込まれると思います。
理由はいくつか考えられますが、まず、アメリカの好景気とドル高、さらにはアメリカの金利上昇により、中国からの資本流出圧力が高まらざるを得なくなることです。人民元の下落は、巨額の対外債務を背負っている中国の各経済主体にとって、大きな負担増になります。
・いずれ中国の貿易黒字が大きく減少し、金融財政的手段が尽きてくると、人民元の大幅な下落が始まるかもしれませんが、そのドル高・人民元安こそ、アメリカによる中国封じ込めの完成形になっていくのではないでしょうか。
・そして、世界覇権をうかがう中国の野望を完膚なきまで叩きのめした先に、本当の意味でのパクス・アメリカーナの時代が待っているのです。
<回復不能な中国経済>
<強まるヘッジファンドの中国売り>
・中国通貨は管理され、株式も流動性が乏しく、なかなか売り込めない。
<人類の歴史上最大の過剰投資>
・この金融波乱は、人類の歴史上最大の過剰投資を行った中国において、これから長く続くと思われる清算過程が始まったことの狼煙です。
その清算過程は、以下の3段階に分けて考えられます。
1. 通貨危機から全般的な信用収縮に向かう「金融危機」
2. 不動産バブルの破綻と企業破綻から失業が激増する「経済危機」
3. 雇用不安から共産党一党独裁への批判が高まる結果としての「政治体制危機」
もし、この3つの危機が同時に起これば、世界は直ちに混沌に投げ込まれ、世界大不況に陥るでしょう。したがって、その事態だけは何としても回避しなくてはなりません。
<中国発金融危機の悪循環>
・2016年には、いずれも大幅なマイナスに陥っていた鉄道貨物輸送量、粗鋼生産量、電力消費量、輸出・輸入などのミクロデータが、軒並み大幅な回復に転じました。また不動産開発投資や鉄道投資も、2015年後半には前年比マイナスに陥ったものの、2016年には10%を超える増加になっています。2015年に始まった経済悪化、株安を中心にした資産価格の下落、通貨安、資本流出の悪循環が一旦終息したのです。
<外貨準備高の過半は実は他国資本>
・中国の中央銀行である人民銀行の総資産に占める外貨資産が8割にも上っていることからも、それが分かります。対外金融力の象徴とされている外貨準備高が、実は過半が他国資本に依存したものであるとすれば、中国の対外金融力は相当に脆弱であると考えられます。
<1年で中国の外貨は払底する>
・ところで、日本と中国とでは、外貨準備高の性格がまるで違うことを、ご存じでしょうか?第一に、外貨準備蓄積の過程と原因が違う。そして第二に、外貨準備の運用の中身がまるで違うのです。
・また日本の外貨準備高は、対外純資産の44%であるのに対して、中国の外貨準備高は、対外純資産の2.1倍もあります。つまり、日本の外貨準備は自己資金でひも付きのない自由な資金ですが、中国の外貨準備の過半は、多大なる債務をともなう資金です。あくまでも他国資本であり、自由に介入には投入できません。
<中国経済失速を起こす3つの要因>
・中国の過剰投資の清算過程において、経済失速を引き起こしかねない3つの困難性があります。
第一は、鉄鋼、化学、セメント、造船、軽工業など、極端な規模にまで達した過剰供給力の削減とリストラ、そしてゾンビ企業の淘汰が必至であり、その改革プログラムが策定されていますが、その過程で大規模な失業が発生するということです。
第二に、深刻な需要不足に直面する可能性が高いこと。
そして第三に、不動産バブルの崩壊を回避するのは困難であるということ。
・中国語では「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンが、地方都市の郊外のあちらこちらに存在しています。100万人分の住宅建設をしたのに、未だ1割程度しか住んでいない内モンゴル自治区のオルドス市の「鬼城」は有名です。
また北京オリンピックの前年、2007年に筆者が訪れた河北省唐山市沖の曹妃甸(そうひでん)工業埋め立てプロジェクトは、総面積310平方キロ(東京23区のほぼ半分)、これまでの累積投資額で9兆円(総投資額65兆円)の巨大なものでしたが、埋め立てたもののまったく工場が誘致できず、わずかながらの太陽光パネルを除けば、無人の荒野が連綿と続いています。
このように検証をすると、習近平がいう「新常態」のもとでの消費主導の成長実現は、絶望的にならざるを得ません。
<「失われた20年」以上の衝撃>
・中国に対する厳しい評価として、1人当たり国民所得が8000ドルで横這いになってしまう「中進国の罠」に陥る、または20年にわたって名目GDPが横這いになってしまった「日本病」に陥る、という指摘があります。
しかし、日中両国の成長推移や推進力を比較すると、日本との類似性よりも異質性が大きく、今後の中国は「日本病」に陥るどころか、もっと深刻な困難に入っていくと考えざるを得ません。
・第一の相違点は、過剰投資の規模の大きさです。
・第二の相違点は、日本の場合、何度かの不況局面で、その都度、過剰投資や金融不良債権の処理が行われてきたのに対し、中国では、すべての調整が一度に到来してくるということです。
・第三の相違点は、政策司令塔の違いです。中国は社会主義市場経済というヌエ的理念のもとで、共産党の上意下達による調整が行われています。
・仮にこれからの場合、その先行きは、以上の三つの相違点があることから、日本の「失われた20年」に比べて、さらに厳しいものになる恐れがあるのです。
・もちろん、いつ中国経済がクラッシュするのかについては、何ともいえません。私の知り合いの中国専門家にいわせると、「習近平が2期目を終える2023年前後にかけて、不安定な状況になるのではないか」ということです。
・さらに最も根本的な問題は、経済が投資によって成長してきたということです。投資はそのまま需要になりますから、経済拡大の手段としては手っ取り早い。しかし、投資で作ったインフラをそのまま遊ばせておくことはできませんから、そこに問題が生じます。投資で成長できたものの、でき上ったものは、いらない設備、いらない住宅、いらないインフラ…………こうして潜在的不良債権が留まっているのです。
・資本の大量流出と人民元急落のリスクを、中国政府は、とりあえず財政出動で乗り切りました。もちろん財政出動で行った投資は、将来的に不良債権になる危険性がありますから、いくら現在を乗り切ったとしても、それは単に問題を先送りしているだけに過ぎません。
・先送りした問題は蓄積され、いつか大爆発を起こします。そうなったときの結末は、極めて恐ろしいことになるでしょう。その恐ろしい結末は、これまでの共産党一党独裁に対する不満として民主革命が起き、それを抑えるために共産党が独裁を強化するというイメージ……このままだと、中国が北朝鮮化する恐れがあります。
また、さらに悲観的な見方としては、中国が完全に分裂するリスクも想定しておく必要があるでしょう。その場合、中国は現在の中東のような状態に陥るかもしれません。
<価値創造ができない中国の悲劇>
・目先のハードランディングは避けられないとしても、長期的に様々な問題点を抱えている中国経済の根本的な問題点は、健全な価値創造の仕組みができていないことです。
<インタ―ネットによる中抜きで>
・確かに一部の富裕層の消費水準は大きく上昇していますが、国全体では、いつまで経っても消費主導にはならず、依然、GDPに占める消費の水準は39%に過ぎません。投資を大きく下回っているのです。
さらにいえば、民営化が進まない国営企業の問題があります。
・つまり、国営企業を民営化するためには、共産党一党独裁体制を変えなければならないのです。
とはいえ、習近平とその部下は毛沢東思想に洗脳されているだけに、自由・民主主義に対する理解がなく、したがって政治的に民主化が実現するには、あと20年はかかるというのが、前出の中国専門家の見方です。
<アメリカの政治力が殺した半導体>
・日本は金融の護送船団方式や大店法(大規模小売店舗法)、外為法(外国為替及び外国貿易法)などの各種規制といった特異な制度によって、国内市場では海外製品を排斥して自国企業を保護する一方、保護によって強めた競争力でもって海外に進出し、各国の市場に被害を与えている――こうした論調が、アメリカ国内で強まったのです。
30年前、世界を席巻した日本製半導体の凋落は、まさしくその結果でした。
<日本半導体を潰したように中国も>
・いま世界各国は新産業革命に直面し、そこで勝ち抜くべく競争を展開していますが、古い分野から新しい分野へと、資本、知的資源、労働力を移転させなければなりません。アメリカがこの競争に大きく先んじているのは、資本市場と労働市場が最も弾力的で、資源の移転がスムーズであるからに外なりません。
<自動車の将来が電気自動車にあり、それによるビジネスモデルの大転換が必至>
・時価総額トップに立ったテスラモーターズは、それによって与えられる資本力を動員し、新しいビジネス・モデルを追求していくでしょう。このテスラモーターズの台頭を可能にしたのは、いうまでもなく、たくさんのベンチャー資本家が存在するアメリカ資本市場の厚みにあります。
日本には、労働市場と資本市場の硬直性が主要国中に最も高いという欠点があります。それがありながらも過去最高の企業収益を上げているのですから、たいしたものです。が、それにドイツで行われた労働市場改革、アメリカに見られる資本市場改革が加わるなら、将来の展望は大きく開かれるはずです。
そうなれば、海外からの投資家を巻き込んで、日経平均株価4万円という世界が見えてくると思います。
『北京レポート 腐食する中国経済』
緩やかに、だが確実に体制の矛盾が蝕む。
大越匡洋 日本経済新聞出版社 2016/8/26
<私は2012年からの4年間を取材記者として中国で過ごした>
・いま、あの国で何が起こっているのか、そして、どこへ向かおうとしているのか。4年にわたる現地取材による衝撃のルポ。
・帰国してから、もちろん帰国する前もそうだったが、ぐさりと胸に刺さる読者の言葉がある。「中国はよく分からない」。
日々、様々なニュースや解説を書いてきた身からすればつらいひと言だ。むろん、あれほど巨大で複雑な国家を「分かる」と断言できる人などいないだろう。もしも「自分の中国に対する理解が絶対正しい」と言い切れる人がいたら、希代のペテン師だとしか思えない。
・中国に関する情報は書店にもインタ―ネット上にもあふれている。一方で、いわゆる「チャイナ・ウォッチャー」ではない普通の人にとっては、中国を理解しようにも、理解を助ける「物差し」が不足しているのではないかと感じる。「物差し」がないまま情報の洪水にもまれれば、「よく分からない」「嫌いだ」という思考停止に陥る恐れが膨らむ。
・中国の「ハードランディング論」が一部でかまびすしいが、あらかじめ断ると、私はその輪に与しない。しかし、中国の体制内に巣くう矛盾や課題を考えた場合、長い目で見ると、ハードランディング論者が思い描く将来よりも悲観的になる部分があることは否定できない。
<「鬼城」の実像――人影のない街で「追突注意」>
<公称人口8万人の「新都心」、実際は「4万人」>
・花壇で彩られた立派な道路に高々と掲げられた標識を目にしたとき、たちの悪い冗談かと思った。「追突注意」。周りを見回しても、車など全く走っていない。それどころか、街には人影さえまばらだ。西モンゴル自治区オルドス市にある「新都心」の風景である。
・ところが、12年の春に訪れると、公称8万人の人口は「実際は4万人程度しかいない」(住民)。中国の都市で付き物の交通渋滞もない。乱立するマンションは空室だらけだ。
・「鬼城(ゴーストタウン)」。中国政府がリーマン・ショック後に打ち出した4兆元の巨額景気対策の効果が薄れ、むしろ後遺症が目立ち始めたころから、中国全土で人の住まない街が広がった。
・ただ、街中を歩き回ると、こうした人気物件は一部にとどまることが分かった。周辺のオフィスビルは空室ばかりで、仲介業者は「競争が激しい」とこぼした。地元紙によると、鄭東新区では13年だけで13棟以上の高層ビルが新設され、鄭州全体で400万平方メートルと、ほぼ4~5年分の需要に相当するオフィスの過剰供給が見込まれていた。
<在庫が積み上がる売れ残りマンション>
・「鬼城は全国に50ヵ所以上ある」。15年末、中国のインタ―ネット上に金融学者が公表した研究結果が話題をさらった。中国で計画中のニュータウンには「34億人が居住可能」という説もある。公式統計をみても、15年末までに積み上がった不動産在庫面積は7億1853万平方メートルと、2年間で5割近く増えた。
つくりすぎたマンションが売れずに在庫として積み上がり、14年から住宅価格の下落が全国に広がった。それでも不動産投資というカンフル剤に慣れた地方は、なかなか軌道修正できなかった。
・14年初め、北京から飛行機でおよそ3時間かけて中国の最貧地域の一つ、貴州省を訪れた。省都の貴陽市では、農地や荒れ地を「夢のニュータウン」に作り替える計画が進行中だった。
東京都中央区に匹敵する約10平方キロメートルの超大型の不動産開発が少なくとも4つあった。重機で山を切りひらいて高級マンションや500メートル級の超高層ビルを建設していた。工事で巻き上げられた砂ぼこりが街を包み込み、外を歩くだけで目やのどが痛くなる。だが不透明にかすんでいたのは現実の空気だけでなく、貴陽市が描く未来だった。
・地元紙はニュータウン開発で新たに500万人以上の人口を吸収できるという。ところが当時、貴陽市の人口は400万人余りだった。今の街が2倍以上になる想定での建設計画に、市民は「鬼城になりかねない」との不安を洩らした。
<ソロス氏への過剰反応――消えた統計局長が残した言葉>
<中国経済は背の高いイケメン?>
・「中国経済は心配ない『高富師(=長身でお金持ちのイケメン)』だ」。
2016年1月26日午後、北京の月壇公園近くにある中国国家統計局の庁舎で、当時の局長、王保安氏は上機嫌に話していた。15年のGDPデフレーターがマイナスに陥った原因については答えをはぐらかしていたが、「中国経済がハードランディングする恐れはないのか」との質問に対しては、待っていましたとばかりに「高富師」と答えた。
・直前の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、著名投資家のジョージ・ソロス氏が「中国経済のハードランディングは不可避」と発言したからだ。
1990年代、英ポンドを売り浴びせ、「英中央銀行を潰した男」との異名を得たソロス氏。ちょうど、15年夏の人民元の切り下げや中国の成長鈍化を受けて、元相場の下落圧力や海外への資本流出の動きが強まっていた。上海株も1月に2割下落していた。市場への影響力が大きいソロス氏が「中国売り」を公言したことに、中国当局は激しく反応した。
・ところが、初めての「意見交換」の場が終了してからわずか2時間後、事件は起きた。共産党員の汚職を取り締まる中央規律検査委員会が突然、王氏を「重大な規律違反」で調査していると発表したのだ。身柄を拘束された王氏はすぐに統計局長を解任された。
財務省時代の汚職問題で摘発されたとされるが、真相は明らかではない。いずれにせよ、政府を代表して「中国経済は『高富師』などと中国指導部のプロパガンダを唱えていた高級官僚でさえ、理由を明確に示されることなく突如、公の場から姿を消し、追い落とされる。体制内の論理を優先する姿勢は、統治にスキを生むリスクを膨らませはしないか。
<「中国当局は市場との対話が欠如している」>
・実際、人民銀は行き過ぎた元安に歯止めをかけようと、香港など中国本土外(オフショア)の外為市場で異例の大規模な元買い介入を断続的に実施していた。
<無茶な元買い介入による大きなひずみ>
・その代償は大きい。中国の外貨準備は15年通年で約5000億ドル減り、23年ぶりの減少を記録した。元を買い支える為替介入を繰り返したため外貨準備を大きく取り崩すこととなった。それがかえって海外の投資家が元売りに向かう悪循環を生み、海外への資本流出も続いた。
<中国指導部は「世界の不安」を理解していない>
・そして現在。中国当局は麻薬中毒のように、元を買い支える為替加入から抜け出すことができなくなった。米国が中国側の動きを容認するかしないかは本質的な問題ではない。元買い介入を続ける中国当局はその規模など詳細を明らかにせず、「中国経済は安定している」「高富師だ」などと宣伝文句を繰り返す。政策決定が不透明なだけでなく、政策が持続可能かどうか判断する材料も乏しい。
不透明感が市場に生んだ不安感は、中国の統治が八方ふさがりになるのではないかという不信感をはぐくむ。中国の体制を巡って世界が何を不安に感じているのか。残念ながら、中国指導部が本当に理解しているとは思えない。
<鉄余り、日本4つ分――五分五分の「中所得国のわな」>
<もはや「供給側改革」が避けられない>
・習指導部が「供給サイドの改革」と名付ける構造調整を本格化するとの宣言だった。長年先送りされてきた矛盾の解決に手を着けなければ、もはや持続可能な成長は望めないとの危機感がにじんだ。
<世界の粗鋼生産力、過剰分の6割は中国>
・要するに、老朽設備の「削減・淘汰」といいながら、実際は設備の稼働を休止していただけなのだ。結局、いつまでたっても中国の鉄鋼の設備稼働率は7割程度の低水準をさまよっている。
<統計には表れない「隠れ失業者」>
・「中国には『隠れ失業』の問題がある」。中国では少子高齢化に伴って働き手が減り、雇用の悪化圧力は和らいだようにみえる。15年の都市部の新規就業者数も1312万人と、政府目標の1000万人を上回った。しかし、表に出てくる統計では見えない実態がある。
内陸部の国有石炭会社で管理職を務める男性の給与は16年2月から、前年の半分以下に減った。景気減速で石炭価格が下落し、会社の経営が傾いたためだ。その結果、年収はピーク時の1割に届かなくなった。その代わり、出勤するのは月に1、2回だけだ。
国有企業では業績が悪化してもすぐに人員整理には踏み切らず、一律に給与を引き下げるなど、究極の「ワークシェアリング」で表向きの雇用を守る。
<目先の経済対策に溺れ、「中所得国のわな」にはまるリスク>
・大学や大学院など高等教育機関の卒業者は16年だけで760万人を超え、高卒などを含めると約1500万人の若年層が新たに労働市場に加わる。そこに構造調整の圧力が加われば、雇用情勢の先行きは不透明さを増す。
・中南米など多くの国が一定の経済成長を経たあと、長期停滞に陥り、結局は高所得国という先進国の仲間入りができなかった。さらに成長を持続できるかどうかのカギは経済の構造改革が握るが、得てして目先のことばかり考え、採算の見込みも立たない投資で足元の景気をふかす「古い道」をたどりがちだ。景気の下支えと称して無駄な投資を増やし、失業や不良債権の増加といった「痛み」が生じることを先送りする。
中国が「中所得国のわな」にはまる可能性は「五分五分」よりも高まっているように見える。
<忍び寄る老い――払いきれぬ産児制限のツケ>
<親が罰金を払えず、「無国籍者」として生きる>
・しかも、一人っ子政策に違反した夫婦からの罰金は、中国本土で年間200億元を超えるという。権力側にとって、産児制限は国民を監視しつつ、財源まで得られる実に都合のよい仕組みだ。
今後も続く産児制限への庶民の不満の矛先をそらす狙いもあるのだろう。習指導部は新たな手を打ってみせた。16年1月半ば、政府が全国に1300万人いると推計する無国籍者に、戸籍を与える方針を打ち出したのだ。
だが、李さんはいまも楽観していない。1300万人の根拠は国政調査だが、過去の国勢調査で李さん一家は一貫して調査員から無視されてきたからだ。「私は『1300万人』にさえ含まれていない」と、李さんは語る。
戸籍を得たら何をしたいのか。李さんが語る夢はあまりに素朴だ。「勉強したい。家族に迷惑をかけず、自立した普通の生活を送りたい」。中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を掲げる習氏の耳に、李さんの声は届いていない。
<「民主的な手続き」が不可欠な負担の分かち合い>
・国や国有企業が医療費を丸抱えするのをやめ、中国が公的医療保険制度を整え始めたのは1990年代末から。制度はいまだ未成熟で、手術などの前に病院から多額の預かり金を求められるのが現実だ。
「辛辛苦苦幾十年、一病回到解放前(苦労して数十年働いても、いったん病気になれば49年の解放前の貧しい生活に戻る)」とさえ言われる。
習近平指導部は医療や年金など「民生の充実」で貧富の格差への不満を抑え、党支配を維持しようとしている。どこの国でも、負担の議論なしにバラ色の未来は描けない。中国全体が陥りかねない「民主主義の不在」という落とし穴は大きい。
<先進国になる前に、急激な高齢化が襲う>
・ニッセイ基礎研究所によると、中国の国と地方を合わせた社会保障経費は2014年に計2兆6000億元を超えた。5年間で約2倍に増え、一般財政支出の2割弱を占める。
高齢者の急増と未熟な社会保障の整備の両面から、医療などにかかる財政負担は今後も増す。36年前の公開書簡は「問題は解決可能」と強調したが、鄥氏は「これほど少子高齢化の問題が深刻になるとは想像できなかった」と明かす。
人口爆発と食糧難への恐れから「国策」としてきた産児制限の軌道修正は遅きに失した。
・中国政府によると、新たに2人目の子どもを持てる夫婦は全国で9000万組あるという。その半数は40歳以上だ。世界銀行は「中国の労働力は今後25年間で10%以上、9000万人減る」と予測する。中国は総人口も25年ごろにピークに達して減少に転じ、労働力不足と需要鈍化が成長を制約する。強気の中国政府系のシンクタンクさえ、11~15年に7%台後半だった潜在成長率が16~20年には6%強に下がるとみている。
介護など新市場の創出や生産性の向上が今後、期待できないわけではない。だが少子高齢化と人口減が経済に長い停滞をもたらす恐れは、日本の例が示している。中国の人口は日本の10倍を超える。世界最大の人口大国の老いが世界経済に与える衝撃は計り知れない。
<「L字」志向の落とし穴――危うさ潜む地方の統治能力>
<「市場の決定的な役割の発揮」は進まない>
・「たとえ景気が底入れしても、『Ⅴ字』や『U字』の急回復にはなることはない。中国経済は高速から中高速へ成長速度を調整する過程にあり、基本的に今後は『L字』に近い形になるだろう。2020年まで年平均6.5%以上の成長をめざす指導部の目標は実現可能だと思うが、特定の年に6.5%を多少、下回ることがあってもかまわない」
・しかも劉氏の認識は、いまだ中国経済はLという字の「横棒」にさえ達しておらず、「縦棒」の途上、つまり成長が鈍化する局面が続いているというものだった。
・過度な規制によって様々なゆがみが生じている経済に、メスを入れる。多くの人が習指導部の改革姿勢に大きな期待を抱いた。しかし、それから3年近くが経過した今、金利の自由化など一部の分野でいくつか前進がみられたものの、「市場の決定的な役割の発揮」とはほど遠い状況が続く。北京の知識人の間では「肝心の国有企業改革は見込み薄だ。一部を合併・再編し、大規模化するだけに終わるだろう」と急速に期待がしぼんでいる。
・それでも、改革は思うように進まない。国有企業をはじめ体制内に幅広く、複雑に絡み合った既得権益層の抵抗があるのに加え、巨大な国を統治するうえでの「手足」となる地方政府が思うように動かない。
<「鶴の一声」で地方政府の方針が急変>
・共産党が市場までも統制しようとする官製経済は、法治やルールよりも党幹部の意向を重んじるため、経済の安定を損なうリスクをはらむ、それは国家の統治そのものを揺さぶる。習指導部があれだけ「ゾンビ企業を退治せよ」と地方に「改革」を命じても実際には進まないのは、地元政府は地域経済への打撃を恐れて補助金などを支給して延命を図る例が後を絶たないためだ。
<最終目標から逆算された「6.5%」成長>
・一方で、リスクは着実に積み上がっている。中国当局の集計では16年3月末の中国の銀行の不良債権残高は約1兆3900億元と、1年前に比べて4割増えた。融資全体に占める比率はいまだ2%程度にとどまるが、不良債権予備軍である「関注(要注意)債権」を含めれば、その約3倍に達するのが実情だ。
・実際の景気は成長率から6.5%を下回りかねない強い下振れ圧力にさらされている。16年に入って中国政府は地方のインフラ投資を加速し、景気は表向き持ちこたえている。だが、こうした動きは痛みを伴う構造調整を後回しにし、再び過剰な設備や債務を膨らませる「古い道を逆戻りしているようにしか思えない」(北京の研究者)。
習氏は第13次5ヵ年計画で、約5500万人いる貧困人口をゼロにするという新たな目標を掲げた。これについても「経済成長率が想定より鈍って所得倍増の目標が達成できなかったときのために、脱貧困という『保険』をかけているのではないか」との見方がくすぶる。