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正しさとは

2019.09.19 02:57

いつだったか、娘が10歳くらいのときに、

彼女の部屋を掃除していたら、ノートに彼女が書いた言葉が綴られていた。


当時はまだムクナ豆に出会えてなくて、思うように身体が動かなかった娘は、とても冷静な目で世界をみていた。


自己啓発本のようなその言葉にびっくりし、

そして、娘が考えていたことに触れて、わたしは感動した。


今でも、娘の自分の言葉で表現する力にはしばしば驚かされる。


そして、その言葉が、本当に彼女が感じてることだと感じて、感動する。


わたしは子育てがそんなに得意だと感じてはないし、娘になにかを教えたりすることは得意ではないけど、小さなころから娘が娘らしくあるように。ほんとに、それだけは、大切にしてきた。


今は思春期で、しょっちゅう「キモい」とか言われつつ、それでも、娘の感性は素晴らしいと思っている。


以下娘のノートより。


「しあわせなんてない気がする」

「そうかな」「あるよ」

「だって、つまらない日常生活がつづくばかりじゃない。つまらないことしかないよ」

「それはきみがずっとしあわせだからだよ」

「どういう意味?」

「きみは悲しみや憎しみがなかったから、もうしあわせの中を生きているんだよ。そのため、しあわせを「つまらない」ととらえてしまうんだよ」

「たしかに、悲しみも憎しみもわたしにはない」

「だから、君はしあわせ」

「そんなかんじしないよ」

「信じてみなくてもいいけど、ほんとだよ」

「そっか。信じきれないけど...そうなんだ」

「そうだよ」

「ふうん」


人間はちゃんとした目があるわけではないと

わたしは思う。

なぜならば、話しているうちに考え方が

かわっていくから。

人間には決して正しいということは存在しないとわたしは思う。

なぜならば、みんな、自分の思う正しい生き方を生きているから。

人間の中には、一人一人の正しさがあると思う。

だから、全体的に正しさをまとめたら、人間には正しさなんてないと思う。

ただ人間がやればいいことは、自分の思う正しい方向へ向かうこと。

前にあったことを、気にしません。

ただ今から、どうすればいいのか、考えます。

トラウマがあっても人は変わります。

別れた友だちだって、違う考え方を始めることもあります。

前にあったことは思い出で、決してその中に巻き込まれません。

今考えることは、これからどうしていくかです。

生きる時間は、かぎられています。

だからできるだけのことを覚えて

やりたいことをして

しあわせなじかんをすごし、

かなしいじかんをすごし、

美しい世界を見わたして、

お日様の光をあびて、ここでしあわせに

生きていきましょう。