第2幕≪時の胎とコソオン≫
第2幕
≪時の胎とコソオン≫
僕は獣人のコソオン。相棒を探してます。
相棒は可愛い黒猫。名前はムーンちゃん。
たまにケンカもするけれど、二人で仲良くやっていました。
そう。運の悪いことに、今日がその「たまに」です…。
相方の足跡がなんかこわーい建物に向かっている…。
「うわーやだな~もう~……。」
やたらおそろしい雰囲気がするけど、相棒を探さねば…。
見つかったら怒られるだろうか?
いや、一応ちゃんとした理由あるし。
ワケを言ったら怒られるかもだけど、許してもらえ…たらいいなぁ。
近寄ると、建物だと思っていたそれは大きなサーカスの移動車のあつまりだった。そこかしこにサーカスのポスターが飾ってある。
空中ブランコをする双子。
火の和をくぐるライオン。
ハンサムでムキムキの獣人。
体の柔らかいスレンダーな女の人。
昼間みたら、面白可笑しくて好奇心がときめくようなポスターばかりなのに、暗がりで見ると不気味で恐ろしさすら感じる。
なんか声がする。気になって声の方に行くと他よりちょっと豪華な車みたいなのがあった。
中をのぞくと、仮面の男が獣人の男を叱って居るのが見えた。
叱るといっても、大声で怒鳴るのではなく静かに確実に男を責め立ててる感じ。
(でも、態度は悪い。椅子にふんぞりかえって座ってる。男の方なんてちっとも見ない。)
何かしらのヘマした男は、ネチネチと女っぽく言い訳をする。
ーーガン!!
と、靴のかかとを机に叩きつけ、仮面の男は男の言い訳を遮った。
「よくわかった。お前はクビだ。荷物もまとめなくていい。さっさと出ていけ。」
「そ!そんな!待ってください!!」
男がまだ食い下がろうとする。
と、突然車の扉が勢いよく開いた。
開けたのは子供だった。浮浪児とでもいうのだろうか。扉を開けたのはボロボロな身なりの子供。扉を開くなりその子供が叫んだ。
「ソイツをクビにするなら!かわりに、僕を使ってください!!」
あまりの気魄に圧倒され、硬直する。彼は間髪居れずに続ける。
「金持ちになりたいんです!!いい服を着て、毎日飯を食って、いい暮らしがしたいんです。貧しくて苦しいのはもう絶対に嫌だ!金がもらえるなら、なんだってやります!!だから!お願いします!!!」
団長は机から何かを取り出し、男と子供の方に放り投げた。
くるくると回転しながら、それは二人のちょうど真ん中で止まった。
(ーーーーーーーナイフ?!)
灯りを反射して眩しい程に輝くナイフ。
仮面の男は、信じられないような言葉を言い放った。
「仕事が欲しいなら、ヘマしたそいつ殺してみろ。」
「え!?」と耳を疑う男。飛び込んできた子供も固まっていた。
冗談にしては趣味が悪い。
そう思った。
でも子供の目は、
「マジ」だった。
先にナイフに飛びついたのは子供。それに遅れて男も飛びかかる。
大人と子供が一本のナイフを巡って部屋中を暴れまわる。
男はナイフを奪おうと力任せに引っ張る。
子供は奪われまいと男を引っ掻く。噛み付く。
そばにあった机や椅子をなぎ倒す。
体がぶつかって棚から本がなだれ落ちる。
衝撃で車が揺れる。
殴る蹴るの乱闘の末、ナイフを手にしたのは男の方だった。
男は暴れる子供を押さえつけ、振りかざす。
ああ、もう見てられない!
思わず手で顔を覆った。
その時、渇いた銃声がした。
恐る恐るのぞくと、仮面の男が銃を持って立っていた。
撃たれたのは男の方だった。ぐったり力無く倒れたまま動かない。子供の顔や服に血飛沫が飛んでいた。
子供も、僕も茫然としていた。
人の叫ぶ声が近づいてくるのに気づいてハッとした。
「今の音は!?」
「向こうからしたぞ!!」
騒ぎを聞きつけ、仮面の男の車に人が集まり出した。
見つかりたくないので、車の屋根によじ登る。
屋根の上からも中の声は聞こえた。
「団長!大丈夫ですか!何があったんです!?」
「驚かせてすまなかったな。もう大丈夫だ。実は俺たちの金をちょろまかして盗もうとしたこの男が襲って来たんだ。」
ええ!?ちょっと待ってよ…!
さっき撃たれた男の人が何をしたのか僕は知らないけど、襲ってきたりなんてしてないじゃん!
ナイフを寄越してけしかけて、とんでもないことさせてたじゃん!何をそんなさも自分は正当防衛ですみたいな事を…。
「やっぱり…資金を盗んでたのは内部のものだったのか…」
「こいつ前からあやしいと思ってたんだ。」
誰も疑わないの?なんで?
団長だかなんだかしらないけど、そんなにこの人って人望があるの!?
何が幸福のサーカスだよ!
うさんくさい名前しやがって!
早く相棒を見つけてここから逃げなと!!!
さっきの茶番なんだったの?
殺せとか命令して!なに?何かを試すため?
最後は自分で殺して!
(しかもあんな慣れた感じで。動じもしない。)
さっきの子供どうなっちゃうの?
あああ!もう!キャパオーバーだよ!
今はムーンちゃんを見つけてここから脱出しないと!
「あぁっ!!」
考え事をしていたせいだ。屋根と間違って、テントの天井を踏み抜いてしまった。柔らかい布が裂ける。重力に引っ張られる。
ーーー「あれ?」
気がついたら僕は、女の人に抱っこされていた。
赤い長髪の人形みたいに綺麗な女の人。
でも、右と左で目の色が違うし(オッドアイというには不自然)、頬やクチビルに縫い目があるし。いろいろあった後だし。
メチャクチャコワイ。
「あ、あの、ぼく…」
「にゃ~?」
「………え?」
女の人は何故か質問するような感じで、ネコの鳴き真似をした。
キャパオーバーに次ぐ、キャパオーバーです。もう…。
「今ね、黒いネコちゃんと遊んでたの。」
…黒猫?…まさか?…ウソでしょ?
「ムーンちゃん!ここに居たの!?」
女の視線の方を見ると、まるでここは自分の家だとでも言わんばかりにくつろぐ相棒がいた。
「あれ?お友達だった?」
「ぼ、ぼく!この子の相棒で、迷子になったこの子を探してて…!あの!」
「あ、団長。」
おねぇさんの視線の先には、さっき人を殺した仮面の男がいた。
「誰だソイツ…どっから紛れ込んだ…?」
終わった…。
なにもかも……。
サヨナラ僕の人生…。
すべてを諦めて居ると、その女の人が言った。
「私が拾ったの。」
「ん?拾った?」
「空から落ちてきたの。」
仮面の男は怪訝な様子だ。
「この猫ちゃんも一緒に来たの。カワイイの。」
(なんかめっちゃナデナデしてくれる…。)
「私もあなたのマネしてみようかな…。」
「マネ?……あぁ、そういうことか!」
なんか仮面の男は勝手に納得した。
「ははは。よりによって俺の真似かよ。カワイイこというんだなお前も。最近、仕事も増えた所だ。俺のマネするのもいいかもしれんな。」
え!?ちょっと待って!なんか勝手に話すすんでる!?
「おい、新入り。名前は?」
「コ、コソオン……です。」
「アルはこの通り、なかなか天然だ。俺の手間が省ける分給料は良くしてやる。がんばれよ"マネージャーさん"。」
「えーーーーーー!?」
マネージャー!?僕がなんで!?
仮面の男は上機嫌な様子で、笑いながら立ち去って行った。
「あの、その、とりあえず、ありがとうございます。…でも、なんで僕を助けてくれたんですか…?」
「困ってるのかな?…って思ったから。ここは困ってる人を助けててあげるところだから。」
最初怖いなって思ったけど、さっきの仮面の男とは違って、この女の人はフワフワして不思議な雰囲気の人だった。
「あの、おねぇさんのお名前は…?」
「私は……」
おねぇさんは少し迷ってから答えた。
「私は、アル。」
そして、「よろしくね。」と僕の頭を優しくなでた。
なんか大変なことになってしまったけれど、この人だけは悪い人じゃないと信じたい…。