2019.09.18
2019.09.18
この日に私の曾祖母が亡くなりました。
94歳でした。
私が幼稚園の頃に曽祖父を亡くなり一番好きな人でした。
私が物心ついた頃にはすでに目が見えてなく私の声で判断していました。
それでもいつも遊びに行くときはいつも優しく、私の描いた絵とかも見えてないのに褒めてくれて部屋の壁に飾ってくれていた。そんな優しい曽祖父が大好きでした。
まだ幼い私でしたが、身近な人が亡くなった事も初めての体験で不思議なことに鮮明に覚えている。
曽祖父が亡くなったことにショックを受けている私に、
星になり私のことを見守ってくてるよと母に言われた。今でもあの時言われた言葉を時々思い出し夜空を見上げることもある。小学生に上がり急に死に恐怖心を覚え、寝てこのまま目目なかったらどうしようとか考え、夜中に泣きながら寝たこともあるな。
まだ幼い私でしたが亡くなるという意味は漠然と理解できて、この先家に行ってももう優しい曽祖父に会えないとわかった。
私の中では曽祖父という存在は接した時間は短くてもそれを超えるような大きさでした。
火葬の日に私は人生で初めて折り紙のつるを折ることができ、曽祖父と一緒に棺桶に入れた記憶も今でも鮮明に覚えています。
小さいころからわりと冷静に事実を受け止め、見守っていたこと。
夜になり、もう一生に会うことはできないことを再度認識し、駄々をこねた記憶もある。
そして曾祖母が亡くなりました。
家に行けば曽祖父に挙げた私の描いた絵とかもこの23年間ずっと飾ってくれた絵は曾祖母が亡くなったのと同時に消えていました。
曾祖母が急に体調を崩し週末の週末の仕事終わりに新幹線に乗って向かい、
入院している病院にお見舞いにいくと思った以上に、意識もしっかりしていて家族全員で最後の会話も楽しむことができた。
最後に握られた曾祖母の手は弱弱しく細かったが、力だけはすごく強かった。
このまま体調が戻るのではないのかと思ったが、その2日後に天国へと旅立った。
再び曾祖母に会った時は、まるで寝ているかのように安らかな顔をしていた。
最後にまるで寝ているかのような曾祖母の冷たくなって硬くなった手に触れた時に改めて実感した。そして今までありがとうを込めて頬を撫でた。
大正、昭和、平成、令和。
4つの時代をまたいで生き抜いた曾祖母は力強く、素晴らしい人生を歩んできたのかなと思えた。
最後の会話でお仕事頑張ってねと応援してくれた。
23年間関わってくれた感謝を込めて最後のお別れをすることができました。
告別式には曽祖父の戦友の3人、
今でも曽祖父や祖母と仲良くしている方々も駆け寄ってくれて
曾祖母の人柄が素敵だったのかなと思いました。
天国に行って曽祖父と仲良く過ごしてくれることを願っています。
二人で私のことを見守ってくれると嬉しいな。
今までありがとう。
そしてこれからも私たちを見守っててください。