探究学習「法帖と拓本 / 全搨本の重要性」
書道で扱う素材は文字です。その文字は先人が叡智を結集して作り出し、長い歳月をかけてその文字に「美」を与えてきました。
その文字の「美」を学ぶためには、先人が遺し学ばれ続けてきた書の名筆(古典)を学ぶ必要があります。
文字の「美」を学ぶには、それらの書の名筆を鑑賞したり、その名筆を構成する様々な要素を実際に書いて学んでいくことが大切です。
その学びのためには、「法帖」が必要になります。
書道の探究学習として扱う「法帖と拓本 / 全搨本(製本・整紙本)の重要性」について紹介いたします。
1「法帖と拓本 / 全搨本(製本・整紙本)の重要性」
(1)法帖とは
「法帖」の定義は教科書では次のように学んでいます。
・古今の名筆を鑑賞し手本とするため,原本を写し取り,これを木や石に刻み,さらに拓本にとって折帖仕立てにしたもの。
・古人の法書(手本)を石や板に模刻し,拓本をとって帖冊にしたもの。
・書の手本とすべき古人の筆跡を石・木に刻して拓本にとり、折り本に仕立てたもの。広義には真跡・模写、碑文の拓本などを折り本にしたものも含む。墨帖。墨本。
文字の「美」を系統的に正しく学んでいくために、書道の学習では中国の石刻拓本や日本の名筆を精選し学んでいきます。
それらの手本は、本来は「碑法帖・集帖」と呼ばれ、名跡の碑文などの拓本を帖仕立てにした折本・冊子を手元におき、文字の「美」を学んでいきます。
また「法帖」とは従来は帖仕立て折本に肉筆で書いた手本を意味し、書道において紙に筆と墨で書かれた書蹟のうち、保存・鑑賞・学書用に供するために仕立てられたものとしていました。
【授業での説明スライド 「法帖の例」】
授業では、
・碑法帖・集帖【名跡の拓本を帖仕立てにしたもの】
→ 名跡の碑文などの拓本を帖仕立てにした折本・冊子
・法帖 【帖仕立て折本に肉筆で書いた手本】
→ 書道において紙に筆と墨で書かれた書蹟のうち、保存・鑑賞・学書用に供するために仕立てられたもののこと。
とその基本をまず学びます。
【授業での解説スライド 「碑法帖・集帖と法帖】
しかし、碑法帖・集帖と法帖の定義やその意味が現代では複合的になり、従来の「碑法帖・集帖」を「法帖」と呼ぶとが一般的になりました。
(2) 拓本として碑法帖・集帖を手に持つことの意義
我々が書道を学ぶ際には、名跡の石碑の拓本を介して先人の書蹟の書きぶりに触れる学習が必要となります。
【授業での解説スライド 『碑法帖を手に持つことの意義』】
特に名筆の臨書学習では、このような拓本の存在は必須です。また、過去の書家たちも多くこのような拓本の名品を蒐集・鑑賞・臨書したりすることによってその腕を磨き、自分の世界を確立して行きました。
拓本とは、石に文字や絵などを彫って石刷りしたものです。そのほとんどは文字を彫ったものですが、彫りこんだ石の上に紙をあてて、墨をつけた打包で叩くか擦るかしてうつし取ります。
ですから剥がした紙は、そのほとんどはちょうど黒板にチョークで書いたように、文字の部分は白抜きになります。
【授業での配布資料 「拓本の種類」「拓本の採り方」】
【授業での動画視聴 「石碑の拓本(湿拓)の採り方」】
【授業での動画視聴 乾拓の採り方】
しかし、拓本は全体の大きさがはなはだ大きかったりするなど、体裁が学書に向かないことが多いものです。
このような拓本を学書に用いるには、手元で使えるように作り直さなければいけないことになってきました。
文字の「美」を学ぶ書道の学習では、原石に大きさのままの拓本を手元に置くことは不可能なので、全体の姿を行ごとに切り取り、本仕立てにして、学ぶ人の手元におけるコンパクトなテキストを作成する必要が生じてきたのです。
そこで、高等学校の書道の学習では、石碑全体を『全搨本(製本・整紙本)』、碑の拓本を用いやすい大きさに切り、紙へ貼りこんで法帖のように仕立てたものを『剪装本(碑帖・集帖)』と分けて学んでいきます。
【授業での解説スライド 「『全搨本(製本・整紙本)』と『剪装本(碑帖・集帖)』】
全套本(ぜんとうぼん)= 全搨本・製本・整紙本
・碑を丸ごと拓本に採ったもの。
・裏打ちや表装を行ったり、空白に識語や研究のための覚え書きなどを書きつけることが多い。
・学書用ではなく、鑑賞・展示用である。「整本」「整紙本」とも呼ばれる。
剪装本 = 碑帖・集帖
碑の拓本を用いやすい大きさに切り、紙へ貼りこんで法帖のように仕立てたもの。
法帖と同じような使い方で、鑑賞用・学書用として広く用いられた。
よく、書道の一斉学習で、先生が「今回学ぶ○○○碑の特徴をしっかり法帖を見て学習しましょう」と授業の場で伝えることがありますが、その意味は、正しくは「今回学ぶ○○○碑の特徴や書風を○○碑の剪装本・碑帖・集帖からしっかり学び取りましょう」となります。
剪装本(碑帖・集帖)の作り方は、次のスライドのように図で説明を行い、全搨本(製本・整紙本)から碑法帖の制作工程をスライドPPTで制作過程を理解していきます。
【授業での解説スライド 全搨本(製本・整紙本)から碑法帖の制作工程】
2 全搨本(製本・整紙本)の鑑賞とICTの活用
ところで、書道で学ぶ法帖だけでは、名品が持つ全体感の把握は困難です。
例えば、印象派モネの絵画を美術館で鑑賞する際は、大きな絵画作品の全体像を見て、細部の表現技法を見に行ったり、何度も「みる・比べる・考える」作業を繰り返し、モネの表現やその作品を生み出した背景などを学んでいく手順となりますが、書の学習ではその鑑賞手順が逆のケースとなっており、その修正のためには、全体像を把握できるように全搨本(製本・整紙本)を準備する必要が求められています。
(現在でも、書の名筆の学習では、部分部分の一点一画に作者の技法が駆使されているので、それを詳細に見て精密に学ぶことで書風を作り出す技法がわかるから、美術作品の鑑賞とは違っても良いのでは・・・との慣習がありますが、果たしてどうでしょうか。)
全搨本(製本・整紙本)とは、原石の大きさのままの拓本をさす術語で、原石の全体像を如実に視ることができます。
【授業での解説スライド 「石碑の名称」】
また私たちが今見ることができる全搨本(製本・整紙本)は美的価値や学術研究にも耐えうる精密なものが多く、美術館や大学で鑑賞できる全搨本(製本・整紙本)の精拓展示では、日本の美術館・博物館・大学での収集展示環境が世界一と呼ばれています。
拓本を手近で鑑賞したり、手本として習うのに便利な形にし直したアルバム風仕立ての剪装本は便利ですが、剪装本では原刻の本来の状態はわかりません。やはり資料的価値という点では、全搨本(製本・整紙本)の方が大切です。
そこで書道の授業や書道部の部活動での探究の学びでは、ICTの活用シーンとしてiPadによる以下のURL情報から今学んでいる全搨本(製本・整紙本)の視覚情報を確認することとしています。
東京国立博物館
大谷大学博物館
淑徳大学
・中国石刻拓本デジタルア-カイブズ