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失踪する夢物語

2019.09.24 10:55



夢物語のよう。とふと思った。


それはわたしがおとぎ話のように輝き舞う日々を送っているからなどでは当然なく、


ただ単純に今、送っている何気ない日々は、唐突に失踪してしまってもおかしくないなと思ったからだった。



今 わたしは学生で、そして通っている学校上

生活費やお小遣い代すらもかせげない

金銭面や生活面をすべて親に負担してもらっている。

 

その上で成り立つ、

わたしの「生活」って

いつまで続くのだろう?と思った。


てざわりのいい ふわりとしたワンピースも

美しい文字の羅列が連なる大好きな小説も

学ぶことが続けられるのも、心が惹かれる人とつながっていられるのも


すべて、環境のうえで成り立つものだと思うと、なんだか途端に 頼りなげなものに思えた。



 あらゆるものに感謝して生きていたい。

 でも、意地だったり

そのときの感情だったりが邪魔して 

こころでは思っているのに、なかなか行動には移せずにいつも誰かしら、なにかしらに誤解されて終わってしまう。


わたしだけが、この気持ちや考えをわかっていればいい。

そう思ってはいても、やはりこころの孤立というのは寂しい。


無意味だと勝手に切り捨てて、自分が思った道をゆくのは、当たり前だが孤独がともなう。

頂点はひとつであるように、あたらしく開拓される自分を、自分を切り拓くのもまた自分しかいないからだ。

 


わたしはよく、考えていることを整理するために、というかガチャガチャした鬱憤と離れるために、ツイッターだかブログだかにこうして想いを綴るのだけれど


そのたびに うっすらオブラートがかかっていた自身の現状が、くっきりとした現実味を帯びたものになってしまってかなしい。


 問題がうきぼりになると、次に考えなければいけないのはそのための対策で

でもわたしは、ここぞという時にしか踏ん切りができない貧弱な性格なので

結局、問題や現状を、(たぶんわたしの偏った視点でしかみれずに)把握して終わってしまう。



 「気づきたくない」という人はどれくらいいるのだろうか。

たとえば、今進んでいるプロジェクトに陰った問題があったり、進んでいる途中だけれど、自分だけの判断で引き返せないとき。


また 行動して失敗したくなかったり、

そもそもの勇気が出なかったりして。


気づきたくない人と比べると、わたしは「気づいてしまう人」と思うのだけれど、

もし気づきたくないことが、悪や怯えだと言う人がいるのなら、それは違うと思うとがんばって言いたい。


わたしは過去にある組織に所属していて、

その集団の水面下で、明らかにこのままでは組織の方向性までもが揺るぎかねない対立があったのを知りながら

その問題点に「気づいてしまっても」なお、

表立ってその問題に触れることができなかった。


こうしたら良くなる、こうしたら解決する!

と、頭のなかで分析して見つめていても、

結局声に出さなければ 気づいていないのも同じで。


わたしのように、「気づいてしまっても」行動に移せない人もいるから、

声に出したり、行動に移せなかったり、また曖昧な状況ですごす自身を責めている人がいるのなら、あんまり悲観しないでほしい。

と(そういう方がいるか分からないけれど)思った。



 かなり脱線してしまったけれど、つまりわたしが書き残しておきたかったのは

少しずつでも「行動したい」ということで。


声に出したり、表立ってなにかをするのはまだ怖いから、

少しずつ。せめて誰かに対する「感謝」くらいは、声に出して伝えていけたらいいなと思った。



たとえば前述した、今の環境のような。

気づいたのなら、そして「今の暮らしが続いてほしい」と思うのなら、


たとえそれが、なくならないようにというエゴでも

結局変わってしまっても、なくなってしまうとしても、小さな小さな、誰にも気づかれないようなささやかなアクションだとしても、


あとあと後悔して、かなしい日々を引きづらないための厚かましい予防線と思って、勇気を出していきたいと思った。



でもそれと同時に、

変わってゆくことは、いつも恐怖とひきかえに 綺麗なものをおいていったから


その綺麗なものを糧にして、生きてきたわたしも確かにいるのだということを 

忘れないでいたいと思った。





2019.9.24