目に見えない変化
脳血管障害の後遺症の中には「高次脳機能障害」「失語症」など、目に見えない後遺症もあります。
私は脳出血で身体的には左半身麻痺となり、目に見えない後遺症はないと診断されました。
ところが。
私自身は入院中から多くの違和感を感じています。
特に感じていたのは、造形・空間の認識に対する違和感と、それらの記憶に関する危うさ。
具体的に言うと…
私はそれまで初めて行った場所の地図を書くことや初めて会った人の顔と名前を覚えることが得意だったのですが、それが今までのようにスムーズに行えない感じ。
初めて行った場所の部屋のレイアウトが翌日頭の中で上手に描けない感じ。
初めて入った部屋の窓が東西南北どの方角に向いているのか即座に理解できない感じ。
夜、その日初めてあった人の顔を思い出そうとしてもはっきりと思い出せない感じ。
「感じ」と言うのは…
順序だてて考えれば問題なく正解できるのですが、以前のように直感的に正解することが難しくなっていました。(七年経った今は違和感を感じない程度に感覚が戻っています)
それから、言葉(単語)が咄嗟に出てこない感じも。これは以前からそうだったけれど以前は気にしたことがなかっただけかもしれません。
「以前からそうだったけれど気にしたことがなかった。気にし始めたらすべて脳出血が原因のような気がしてきた」そんな側面もある気がします。
その側面は、私以上に夫に大きな変化をもたらし、夫は口うるさく私の小さな言い間違いを訂正するようになりました。訂正する夫の口調は、これ以上大きな間違いをさせないように私を叱り矯正する、そんな雰囲気さえ持っていました。
以前から日常的にあった「言った」「言わない」の軽い夫婦喧嘩さえ、夫はシリアスな顔をして「覚えてない?どうかしてる。病気のせいか?」
全てが私のせいにされているような錯覚。
この頃、夫の心配がすべて悪い方向に噴出していたように思います。
幾度となく夫の厳しい口調の訂正が続いたあと、私はキレました。
「あなただって言い間違うでしょう?あなただって物忘れするでしょう?忘れたものはすべて私のせいなの?一言一句覚えてなきゃ異常なの?一言言っておくわ。私は脳出血を起こして色々な後遺症が出てる。だけどバカになったわけじゃないから。よく覚えておいて」
寝返りひとつうつのにもジタバタと時間がかかり歩くスピードは三歳児より遅い。
世話しなきゃ出来ないこともある、もたもたと動く私は幼児のようだと感じるかもしれない。
それでも私はアラフォーの主婦です。
つい半年前、倒れるその日まで家の中を切り盛りしていた大人です。
脳に損傷を負った瞬間から私の様々なことが変わったけれど、とりあえず、バカにすんなよ。少なくともあなたは…あなただけでも、私をバカにしてくれるなよ。過去の、家の仕事を全てしていた私をなかったことにしないでよ。
そんな気分でした。
言葉の入った引き出しに鍵がかかってしまっても、感情をおさえることが苦手になっても、覚えることが難しくなっても。
過去まで無かったことにしないで。
私は私なのに。
私は私なんだよ。
変わっていないものも、残っているものも、たくさんある。
あるんだよ。