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咲くやさくら

2022.11.19 10:11

朝ぼらけ瀬瀬に散り込む山桜  高資

花弁の届かぬ川の瀬音かな  高資

いつくしや桜しべ降る大谷石 五島高資

切株の虚にゆかしき落花かな 五島高資

神南備に溯る花筏かな  高資

二荒の御諸に泊つや花筏  高資

花の闇へ玉子擲つ心地かな  高資

寄り添ひて日を集めたる冬桜  五島高資ー 場所: 妻沼聖天山(歓喜院聖天堂)

伐られたる枝に雲立つ桜かな  高資

草薙剣や春の雲立ちぬ  高資

洒落臭いこと思い出す桜かな  高資ー 場所: 上野公園

それぞれに咲いてふれあう桜かな  高資

日は水に廻りてしだり桜かな 五島高資

ゆく水に巴なす陽や糸ざくら 五島高資

せせらぎの烟立つかも放哉忌 五島高資

分かれつつ咲き添う金剛桜かな  高資

散り合うて金胎不二の桜かな  高資

ひさかたの雲へ沸き立つ桜かな  高資


https://srmntrktgnn.wixsite.com/voxbox/blank-c17tn   より

咲くや、さくら。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

役表

夏向♂:

(かなた)

八衣♀:

(やえ)

央紀♂:

(あき)

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夏向M:懐かしい、匂いがする。

    濁った空気、耳鳴りのような騒音、止むことの知らない人波の流動。

    それら全てを絶った。ただそれだけなのに、ここまで安穏とした空気になろうか。

    ……いや、きっと、それだけではない。

    少なくとも、電車はおろか、バスですら直通では来れないこんな集落のような村に、

    そのような俗物は入る隙間など無いのだ。現に、ここの生まれでもなければ、

    きっと僕のような、都会の利便性という俗に塗れた人間は、こんな所に好きで立ち寄ったりはしない。

    そんなことを、車通りはおろか、人気すらまるで感じられない、ぽつりと佇む停留所で、

    かれこれ小一時間迎え人を待っていた。

    ……ぬるい。

    熱くも冷たくもない風が、中途半端に伸びた髪を撫でて走り去ってゆく。

    その中に一ひら、花びらが見えた気がした。

    3月の中旬頃。これは、大学の長期休暇を利用して里帰りした時の、ほんの思い出話。

八衣M:「咲くや、さくら。」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

央紀:悪い!お待たせ!

夏向:悪い、で済むか。一体どれだけ待たせれば気が済むんだ。

   連絡手段もまるで無い場所で、待ちぼうけ食らわされる身にもなれ。

央紀:いやぁ……ははは。

   悪いなあ。なにしろ時計も見る習慣が無いもんでよ。気がついたら約束の時間過ぎててさぁ。

夏向:ほほう。言い訳もしないとはなかなか潔いじゃないか。

   相変わらずだな、央紀。

央紀:お前こそ、な。夏向。元々お堅いやつだったが、それにも増して口煩くまでなったか?

   村を出る前は陰気で無口で無愛想だったのに、変わるもんだなあ。

夏向:環境が変われば、人間も変わるさ。

   都会で過ごしていたら、自分から出ていかないと置いていかれる一方だからな。

央紀:そういうもんかぁ。

夏向:そういうもんだ。

央紀:まあ、いつまでもここで立ち話をするのもなんだ。

   とりあえず、俺の家来いよ。

夏向:お前の家?なんで。

央紀:お袋に、お前が帰ってくるって言ったら、凄い嬉しそうにしてさ。

   もてなしてやるから、まずうちに呼べって。

夏向:相変わらず、豪放磊落な母親だな。

央紀:違いねえ。10年経ってもピンピンしてらぁ。

   んで、村までの道はわかるか?

夏向:まあ、なんとなくは……と、言いたいところだが。

   情けないことに全然覚えてなくてな。悪いが案内してくれ。

央紀:はは、そんなこったろうと思った。

   物覚え悪いのも相変わらずか。

夏向:ちぇっ、ほっとけ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向M:知らないけれど、知っている道。

    強いて言い表すなら、そんなところだろう。

    目が知らなくても、頭が覚えている。足が慣れなくても、体が憶えている。

    ……懐かしい。やっぱり、この言葉が、一番しっくりくる。

    帰ってきたのだ、と。言葉でなく、体にそう感じさせてくれる。

央紀:おーい夏向。早くしないと置いてっちまうぞ。

夏向:邪魔しないでくれ。懐かしの土を今、心を込めて踏みしめてるんだから。

央紀:……はい?

夏向:真に受けるなよ、冗談だ。

   それより、どこに向かってるんだ?方角的に、村から少しずれてないか?

央紀:バッカお前、俺らの村に入る前に、絶対一度は拝まなきゃいけないものがあったろ?

   それすら忘れたのか?

夏向:ああ……あれ、か。

央紀:そうだ。あれ、だ。

夏向M:「あれ」。

    決して蔑ろにしている訳ではなく、ただ呼称が無いのだ。

    しかし、村の象徴たる存在として聳える「それ」は、僕が村を出て10年経った今も、

    どうやら失われていないらしい。

    いつからそこにあるのか、一体どれだけの大きさがあるのか。

    誰も知らない。だが、村に住む者なら誰もが知っている存在。小高い丘に立つ、

    凛然とした巨木の一本桜。今の時期ならば、蕾を付け、来る春に向けて満開の準備をしている。

    ……はず、だった。

央紀:……ま、言葉を失うのも無理は無いよな。

夏向:どういうことだ、これは。

央紀:さぁ、な。分からない。

夏向:分からない?

央紀:そうだ。分からないんだよ。

   けど、「こう」なったのは、2年か3年か、それくらい前からだ。

   ただ、いつからかこいつは、花を咲かす事も無く、葉を付けることも無く。

   天を仰ぐみたいに、枝を広げてるだけだ。この木が茶色以外の色を付けるのを、ずっと見てない。

夏向:……枯れた、のか。

央紀:最初はみんなそう思ったさ。どんなに立派な木でも、年を追えばいつかは枯れる。

   こいつにも、その時が来たのか、って。……でも、な。違うんだよ。

夏向:違う?

央紀:蕾もつけない、葉もつかない、花も咲かない。けど、枯れてるわけでもない。

   どういう事なのかなんでそうなったのかも分かんないけどな。

   誰かが言ってたよ。表すなら、「まるで、眠っているようだ。」ってな。

夏向:眠っている……か。

   じゃあ、いつ起きるかも、誰にも分からないんだな。

央紀:まあ、な。けど、誰も、不安がってる様子は無い。信じてるんだろうな。

   また、桜の大吹雪を見せてくれるって。

夏向:……そうであればいいけど。

央紀:さて、じゃあ挨拶も済んだことだし、今度こそ村に……

   ……ん?

夏向:どうした?

央紀:あれ。

夏向:……木の根元に……人影?

   僕の見間違いじゃなければ、倒れてるように見えるんだが。

央紀:ああ、俺の目にも狂いが無ければ、倒れてるように見える。

夏向:……行って、みるか?

央紀:おう。

   ま、大方、村の誰かが昼寝でもしてるんだろうけどさ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向:……ちょっと、予想外だったよ。

央紀:ああ、俺も、せいぜい爺さん婆さん、よくてもおっさんだと思ってた。

   まさか、女の子とは全く考えの範疇に無かった。

   で、やっぱり寝てるだけ?

夏向:みたいだな。

   どうする?ほっとくか?

央紀:まあ、こんな所で寝こけていようが襲う輩なんていないけど……

   さすがにほっとくのはまずいだろ。見たとこ16かそこらだし。

夏向:じゃあ、起こすのか?

央紀:せっかくの安眠を邪魔して悪いとも思うけどな。

夏向:………………

央紀:どした?

夏向:照れ臭い。

央紀:は?

夏向:央紀、頼んだ。僕はこういうのは奥手なんだ。

央紀:おいおい……なにも人工呼吸しろって言ってるんじゃないんだぞ?

   ただ寝てる女の子を起こすだけじゃないか全く……仕方ないな。

   ………………

夏向:………………

央紀:……照れ臭い。

夏向:だろ?

央紀:なんでだ?なんでこんないけない気持ちになるんだ!?

   別にやましいことを考えてるわけでも、わいせつ行為を働こうとしているわけでもないのに!

八衣:……んー……

夏向:……あ、起きた。おはよう。

八衣:……んー……?

央紀:思いっきり寝ぼけてるな……夢か現実かすら曖昧なんじゃないか?

夏向:みたいだな。もしもーし?

八衣:へっ?はっ、はい!?

夏向:よし、醒めたな。おはよう。

八衣:え、あ……お、おはようございます。

央紀:寝るのはいいけど、時期的にまだ冷える時もあるからな。

   時間と場所間違えたら風邪引いちまうぞ。今日はあったかいからいいけどさ。

八衣:は、はあ……

夏向:んで、央紀。この子、どこの家の子だ?

   観光客が来るような場所じゃないし、村の子なんだろ?

央紀:分からん。

夏向:……なんで?

央紀:いや、言っておくが俺は、あんな狭い村の中に一緒に住んでる人も知らないような薄情な人間じゃないぞ?

   むしろ、名前はもしかしたらごっちゃになってたり間違ってたりする人がいるかもしれんが、

   顔だけだったら村民全員覚えてる自信がある。しかし、その中にこの子の顔は無いんだ。

夏向:長ったらしい言い訳どうも。

   君、名前は?

八衣:名前……えっと……や、八衣。

夏向:八衣ちゃん、ね。

央紀:(いきなりちゃん付けかよ……)

夏向:どこから来た?道に迷って偶然ここにたどり着いたっていうのも無くは無さそうだけど。

八衣:……分かりません。

夏向・央紀:……えっ?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向M:とりあえず。苦し紛れ。まさしく、そんな感じだった。

    僕と八衣と名乗る少女は、央紀の家にお邪魔した。

    央紀の母親が、失礼な表現だが、大雑把な人で助かった。

    僕はともかくとして、身の上をまるで覚えていないという八衣にすら、

    一泊させることにまるで躊躇いというものを持たずにいてくれた。

    ……しかし、それで物事が全て解決するわけじゃない。いや、何一つとして進展していない。

    だからこそ、次の日、3人で同じ場所に向かった。少し、風の強い日だった。

八衣:すごい……

央紀:だろ?この場所が村の住人から好かれてるのは桜の木があるからってだけじゃない。

   そこまで高さはないにせよ、村を上から一望できる絶景がまた良いんだ。

夏向:確かに、中にいるのとは全く違うように見えるな。

   都会じゃあビルだのマンションだのばっかりで、こんな景色とは縁遠いよ。

央紀:そうだろうそうだろう。10年前と比べても、こっちは大した進歩はしてないからな。

   景色も守られるってもんだ。

夏向:大した進歩してないって表現はどうかと思うが。

八衣:とかい……

夏向:ん?何か言った?

八衣:都会の人間は、嫌い。

夏向:え?

央紀:あーあ、夏向。都会の色に染まっちまったばかりに……

八衣:ち、違う!そうじゃなくて……

央紀:えっ?あ、ごめん!まさか八衣ちゃんが反応するとは思ってなかった!

夏向:お前はなにがしたいんだ……

八衣:夏向と央紀は、好き。だけど、都会の人間は嫌い。意地悪ばっかり言う。

央紀:だ、そうですけど。

夏向:なんでそう僕に振るんだ。

八衣:それに、私は……村も、この場所も、この眺めも、好き。

   なんだか、懐かしい感じがする。

夏向:……そっか。

   (小声)おい央紀、本っ当に知らないのかこの子?

       明らかに村の人間の言い分じゃないか。

央紀:(小声)残念だが本っ当に知らないのだよ、夏向君。

       お前と違って俺は村から出てないし、見るからに俺より年下だから

       村民なら知らないはずはないんだが……

八衣:……?なに、こそこそしてるの?

央紀:え、いや別に?何でもアリマセンヨ?

夏向:誤魔化し下手すぎだろ。

八衣:……でも、この景色が、もうすぐ見れなくなる……って思うと、寂しい。

央紀:!!

夏向:今……なんて?

央紀:……八衣ちゃん、知ってるのか?どうして?

八衣:分からない。……でも、記憶の中に、ぼんやりと、ある。

   この景色は、もうすぐ二度と、見られなくなるって。

央紀:………………

夏向:……なあ、どういうことなんだよ。

央紀:出来れば黙っておきたかったんだけどなあ……

   ……そうだよ。八衣ちゃんの言う通り、この場所は、もうじき無くなるんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向:もうじき無くなるって……二度と見られなくなるってどういうことだよ。

   ちゃんと説明してくれ。意味が……分からない。

央紀:……今、各地で都市開発が進んで、国全体が活発化しつつあるっていうのは知ってる
   だろ。

夏向:ああ。

央紀:それの一環だよ。この村だって、山に挟まれてるだけでそこまで山道もきつくない。

   今の国の技術なら、開拓が進んでもおかしくない。いや、もうだいぶ進んでる。

   お前も、ここに来るまでいくつも見たろ?工事現場。

夏向:ああ……そういえば。人気の少ない区画にしては、あの数はちょっとおかしいくらい
   だった。

央紀:この村も、いつまでも孤立化してるってのは駄目だって言われてな。

   村の更なる発展の為にって唆されて、都心と合併するって要求を呑んじまったんだ。

夏向:……それの、なにがいけないんだよ。

八衣:代償が、この場所と、この桜の木。

夏向:え?

央紀:ここに来るまで、結構な上り下りしたろ?それに、この丘の周囲は特に、

   かなり歪な地形をしてる。都会人達にはそれが疎ましいんだよ。

   舗装されてたほうが、歩き回る分には良いに決まってるからな。

   ……ぶっちゃけた話が、邪魔なんだよ。

夏向:……だから、都会人は嫌い、か。

八衣:そう。咲く咲かないは別にしたって、こんな立派な木は後にも先にも、きっと無い。

   だからこそ、残すべきだって。……でも、都会の人は冷たい。

   しっかりしたレプリカを作りますから、って。レプリカ。偽物。

   そんなものがあったって、なんにもならないじゃない。

央紀:もちろん、みんなだって二つ返事で了承したわけじゃない。散々悩んだ。

   ……けど、薄々思ってはいたんだよ。もっと、外に出るべきだ、って。

   それに、待てども待てども、桜は咲かない。

   だから、天秤にかけて、揺らして、……発展と、レプリカを選んだ。

八衣:……咲くよ。

央紀:え?

夏向:八衣、ちゃん?

八衣:分かってる。そんな選択、みんなの本心じゃない、って。

   この桜が咲いて、それでみんなの目が覚めるなら、咲く。

   思いっきり、両手を伸ばしたみたいな枝いっぱいに。絶対に。

央紀:……そりゃあ、俺だって、いや、みんなだって本当はそう信じていたいさ。けど、

八衣:咲く。

夏向:今の時期に蕾も付けてないんじゃ……な。

八衣:咲くもん。

夏向:八衣ちゃん、そんな意固地にならなくても……

八衣:時間がないから。

夏向:時間が、無い?

   …………まさか。

央紀:ああ、お前の考えてる通りだよ。

   4月の頭にはもう工事が始まる予定が立ってる。お前があっちに戻ってから、ちょっ
   と後になるな。

夏向:……なんてこった……そんな短期間で、桜なんて、

八衣:咲く。絶対に。

央紀:なんでそこまで……

八衣:私には分かる。この桜は、特別だって。

   人が望むからこそ、人が信じるからこそ、咲く。

   誰も望まなきゃ、信じなきゃ、咲くこともやめる。

夏向:そんなことが……

八衣:だから、望んで。信じて。咲くって。咲いてくれるって。

   そうじゃなきゃ、絶対に咲かない。

   ……私も、二人のこと、嫌いになる。

夏向:八衣ちゃん……

八衣:お願い。

央紀:……よっし、分かった。

夏向:央紀?

央紀:この桜を失うのも絶対に嫌だけど、

   それと同じくらい、八衣ちゃんに嫌われるのも絶対に御免だからな。

   なんだったら、毎朝毎晩お祈りでもしてやるさ。お袋も巻き込んでな。

夏向:……それもそうだな。僕も、腐ってもこの村の生まれだ。

   その象徴が失われるんじゃないかって時に何もしないんじゃ、末代まで恨まれそうだ。

八衣:夏向……央紀ぃ……

央紀:任せときなって。こう見えても有言実行には定評があるんだ。

   そうと決まれば、今日はもう帰ろうぜ。日も暮れてきたし。

夏向:ああ、そうだな。

八衣:……私、もうちょっとここにいる。

央紀:へ?

八衣:先、帰ってていいよ。私、もうちょっとだけここにいる。

夏向:いや、でも……

央紀:……帰るぞ、夏向。

夏向:あ、央紀!

八衣:………………

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向:いいのか?あんなところに八衣ちゃん1人残して……

央紀:……俺、な。分かったかもしれない。

夏向:なにが?

央紀:……今に分かるさ。お前にも。

   八衣ちゃんもきっと、分かったからこそ、あそこまで頑なになったんだ。

夏向:…………?

八衣M:……思い出したよ。ううん、「あなた」が、気付かせてくれた。

    きっと、これが、私の役目なんでしょう?

    「あなた」だけの力じゃ、どうしようも無かったから……

    ……分かってる。役目は果たすよ。うん。

    それだけが、私がここで、こうしている理由なんだものね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向M:それから、僕と央紀は、信じた。信じ続けて、望んだ。

    あの桜が、もう一度咲くことを。過程なんて見ない。結果さえ出ればいい。

    だからこそあえて、この日以来、桜の丘へは行かなかった。

    行けば、見ればきっと、どうしても現実的な考えを持たずにはいられないだろうか
    ら。

    僕達を見る村人の目も、やがて変わっていった。

    央紀と、央紀の母親の説得、なにより、事情を知らない人間など、村にはいない。

    信じ望む人は、1人、また1人と増えていった。

夏向:改めて思うけど、お前ってすごいんだな。

央紀:なんだよ。今更だろ?

夏向:ただその態度はむかつく。

八衣:うん、すごい。すごいよ、央紀。

央紀:いやー、はっはっはっはー。

夏向:なんかもう最近露骨に鼻伸ばすようになったな……

央紀:あー、しかし、お前ももうすぐ向こうに戻っちまうんだなぁ。

夏向:まあな。なんだ、寂しいのか?

央紀:はぁ?こちとら桜を守るために粉骨砕身の思いで努力してんだ。

   悪いが寂しがってやれるほど心の余裕は無いね。

夏向:あー、そうかい。

八衣:……私は、寂しいよ。すごく、寂しい。

夏向:ありがとう。

央紀:じゃあ俺も寂しい!

夏向:やかましいわ。

央紀:くそ……情け容赦の無い奴め……

夏向:ふん。

八衣:大丈夫。きっと咲くよ。きっと。

央紀:きっとじゃない、絶対だ。

   そんでもって、咲くんじゃない。咲かせるんだよ。

八衣:うん。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向M:時の流れは早かった。気が付けばもう、3月の最終日。

    つまり、僕の里帰りも、今日で終わり。明日には、都市へと戻る。

    そんな日だったからか、いつもは見ない、夢を見た。

    夢にしては鮮明で、そして妙に意識がはっきりしている、現実のような、夢。

    そこには僕と、その正面に、八衣ちゃんが立っていた。

八衣:……ありがと、ね。夏向。

   私の言葉、信じてくれて。望んでくれて。

夏向:お礼は央紀に言いなよ。僕はただ、力になれないのが悔しかっただけさ。

八衣:……同じだね。

夏向:同じ?

八衣:央紀も、同じこと、言ってた。

   お礼は夏向に言えって。自分はただ、やりたいからやっただけだ、って。

夏向:はは、あいつらしい言い草だよ。

八衣:……お別れ、なんだね。

夏向:別に大したことじゃない。また時間が出来たら、ひょっこり戻ってくるさ。

八衣:……そうじゃ、ないの。

夏向:そうじゃないって、なにが。

八衣:……夏向、ありがとう。

   桜は、咲くよ。絶対に。まるで桜の雨が降ってるみたいに、思いっきり咲く。

   役目を果たせて、ううん、それ以上に、二人と一緒にいられて、よかった。

夏向:役目?さっきから、なにを言って、

八衣:…………さよなら、夏向。

   何回言っても足りないけれど、……本当に、ありがとう。

夏向:八衣ちゃん?……八衣ちゃんっ!

   ……夢……か。なんだったんだ……夢なのに、なんであんなにはっきり……

央紀:夏向!おい!夏向!!

夏向:っ、なんだよ朝っぱらから騒がしい。

央紀:んなこと言ってる場合か!外見ろ、外!

夏向:外?……!!

   ……桜の……雨……!?

央紀:さっさと着替えろ!丘行くぞ!

夏向:あ、ああ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向M:歓喜、困惑、感動、驚愕、達成感、非現実感。

    ありとあらゆる感情が、興奮状態の頭の中を駆け巡る。

    花びらの風を掻き分けて桜の下へと辿り着いた時、……意識の全ては、眼前の桜の巨木に奪われた。

    僕達を覆い尽くしてしまいそうな、或いは、翼となって羽ばたいて行ってしまいそうな。

    花びらを舞わせるこの風でさえ、この桜が操っているのではないか。

    そんな、絶対的な存在感。僕達の心は、それに呑み込まれていた。

    ……だが、その片隅に、たった一つだけ、はっきりと浮かぶモノがあった。

夏向:央紀……八衣ちゃんは?

央紀:……八衣ちゃんなら、目の前にいるだろ。

夏向:え?

央紀:お前、夢を見なかったか?自分がいて、八衣ちゃんがいて。

   夢なのに、意識がはっきりとしてる。夢みたいな現実みたいな、夢。

夏向:ああ、見た。

央紀:やっぱりな。

   ああ。これで確信したよ。

夏向:やっぱりって……

央紀:八衣ちゃんは、言わば霊魂だったんだよ。この桜の。

夏向:霊魂?

央紀:付喪神って言ったほうがいいのかもな。

   いつからあるかも分かんないような代物だ。霊魂くらい宿ったって、不思議でも何で
   もない。

   この桜は、いつからか俺達を見てた。勿論、今回の件だって最初から見ていたんだろ
   う。

   言われるがままになってこの桜、つまり自分を見殺しにしようとしていた俺達を見か
   ねて、

   八衣ちゃんとして俺達の前に現れた。せめてもう一度、目一杯咲いてやるために。

夏向:……で、でも、咲かなくなったのは数年前からって言ってなかったか?

央紀:あれだけ頑固な子なんだぞ。一回へそ曲げたら、そう簡単に直してくれるもんかよ。

   あれだけ意固地になって、そんで今こうやって、ここまで見事に咲いたんだ。

   きっと今頃こう言ってるよ。

八衣:どんなもんだ、どんなもんだ。

   私は思いっきり咲けば、こんなにも綺麗になれる。

   都会の勝手な言い分で、切り倒されたりなんてしてやるもんか。

央紀:ってな。

夏向:ははは。違いないね。

   ……なあ、央紀。

央紀:ん?

夏向:ありがとう、って、言ってたろ。彼女。

央紀:……ああ、言ってた。

夏向:ありがとう……だってさ。ははっ……

央紀:……っああ、全く。

   こっちの台詞だってんだよなぁっ……

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夏向M:これが僕の、里帰りでの一生忘れられないであろう思い出。

    こうして思い返すだけでも、少し、目尻が熱くなる。

    ……そして今、僕の手元には、央紀から届いた一通の手紙と写真がある。

    その手紙に書かれていたのは、

央紀M:(前略)

    そういえば、結局あの後どうなったかなんだがな。

    言葉で説明するのは苦手だから、一緒に送っといた写真を見ろ!以上!

夏向M:とのことだった。

    全く、せめて少しくらいは言葉を付け加えてくれてもいいだろうに。

    と思ったものだが。一目見て、感じた。なるほど。これは言葉で語るのは、無粋と
    いうものだ。

    ……ただ、強いて一つだけ語るならば、僕にはこの凛然と咲き誇る桜の木の下に、

    笑顔で手を振っている少女が写っているように見える……という事くらいか。

    だが、これも央紀に言うのは止めておこう。

    きっと、いや、絶対。央紀にも、「それ」は。彼女は、見えているだろうから。

八衣:…………さよなら、夏向。

   何回言っても足りないけれど、……本当に、ありがとう。

一指李承憲@ILCHIjp

地球から見れば人間は地球に住む数多くの生物の1つに過ぎません。宇宙全体からすれば私たち一人ひとりは「無」に近い存在です。しかし愛をもって青い地球を眺めると大きな存在に変わります。環境としての地球ではなく生命としての地球を感じたとき、私たちは地球をヒーリングできる力を得ます。


坂村真民bot@shinminbot

働き疲れぐっすり眠っている人に

知らせよう

月が光り

星が輝き

あなたとあなたの家族とを

温かく守っていることを

病に苦しみ眠られずにいる人に

知らせよう

すべてを任せきることによって

不思議な力が生まれ

闇が光になることを