万能の人20-未完の人生の微笑み
2019.09.26 09:03
ダ・ヴィンチが最後まで持っていた絵画は3枚、いわずと知れた「モナリザ」そして「洗礼者ヨハネ」「聖アンナと聖母子」である。その三枚に共通するのが、謎の微笑。これは偶然とはい言い難い。そのうち「聖アンナと聖母子」にはドラマがある。
「聖アンナと聖母子」はわかりやすい。羊の角を掴んでいる子供に「ダメよ」といわんばかりに抱き寄せようとする母は、キリスト教徒でなくてもわかる。しかしキリスト教的には、羊は十字架の犠牲であり、母マリアはその道を進むのを止めようとしているのだ。
子供は自分の道を歩む、それは畢竟死への歩みである。いつまでも手元に置きたい母、その緊張のドラマがここにある。しかしそのドラマを祖母アンナは優しく微笑んで見守っている。悲劇であろうと慈悲の目で肯定しているのである。それは父なる神の立場といえるだろう。
精神分析学者フロイトは、祖母をダ・ヴィンチの離された実の母、聖母を継母として、この絵画を読んでいる。夢は未完ばかり、彼は自分が後世に残らないと考えていたらしい。彼にとって絵画はルネサンスの理想である。その微笑みに理想を追った人生の肯定を描いたのかもしれない。一つの時代の終焉である。