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Angler's lullaby

My Favorite Things

2019.10.03 09:00

"バラをつたう雨だれや

子猫のひげ

ピカピカの銅のやかんや

あったかい羊毛のふたまた手袋

紐で結ばれた茶色い小包

それがわたしのお気に入り"


(中略)


"白いドレスに青いサテン帯の少女たち

わたしの鼻やまつ毛にかかる雪の片

春の訪れとともにとけてゆく白銀の冬

それがわたしのお気に入り"


”犬に噛まれたとき

蜂に刺されたとき

悲しい気分のとき

ただわたしのお気に入りを思い浮かべるの

そしたらそれほど悪い気分じゃなくなるわ”


有名なミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の中の1曲。「マイ フェイバリット シングス」の邦訳。


物心ついた時からもっぱらジャズ・フュージョンをメインに聞いていた僕は、実を言うとこのミュージカルや映画はまともに見たことはなくて、ジャズミュージシャンがカバーした演奏ばかりを聴いてここまで育った。


だから自然とこの曲に抱いているイメージは原曲の世界観よりはダークで、淡く複雑な色彩を持っている。


何はともあれ今季ヤマメ最終釣行。


いつもの友人(ヘビメタ好き)と2人、心が折れるような大雨の中、川の近くまで車を走らせ、ビオワインで乾杯。互いのここまでの労をねぎらい、今シーズンを振り返り、明日への希望を語る。


翌朝、絶望的だった天気予報とはうらはらに雨は降っていない。むしろ灰色の雲の合間からは時折青空が顔をのぞかせている。


9月になってからは毎週末必ず雨模様というアングラー泣かせの天候。


やっと最後になってGR3を気兼ねなく使うことが出来る。ここぞとばかりに、初めてスローシャッターなんてものもやってみた。


天気は良いから、歩いていてとても気持ちがいい。


森も久しぶりに本来の色彩を見せてくれる。


しかし、肝心のヤマメが釣れない。それも全くと言っていいレベルで。


5㎝前後の新子が間違って時折遊んでくれるけど、それだけ。


尺はおろか、7寸クラスすら影も形も見えない。


仕方がないので、僕はいよいよカメラマンモードになってしまう。


夏には尺上を筆頭に、かなり良い思いをした沢。満を持して乗り込んだのに。。。人の足跡はなかったが。


やはり禁漁間際、平日に誰か入ったのだろうか。


釣れないと魚の付き場も当然分からない。

友人もピンスポットで見事なキャストを決め続けるが、どうにも良くない。


この川で今シーズンを終えるのか。どうする?


2時間半位遡行した後、立ち止まり、話し合った。



「戻ろう。あの沢に行こう。」


釣れない釣りは距離ばかり稼いでしまう。ずいぶん奥まで来てしまった。小走りに急いで来た川を下る。


晴れた空の心地よさが今度は暑さのエネルギー源に変わる。


汗びっしょりを通り越してずぶ濡れになりながら40分かかってエントリーポイントに着いた。


車に着いた時はすっかりヘトヘトになっていた。ただ、まだまだ気力は萎えていなかった。



2本目の川に着く頃にはまた空模様が怪しくなってくる。


車を駐めると自分のナワバリを主張しているのか、宮崎県の県鳥であるコシジロヤマドリ(準絶滅危惧種)が僕たちを威嚇してきた。


車の中から見ることはあったが、こんな至近距離で写真が撮れるなんて。


果たしてこれが吉兆だったのか。



パラパラと雨が降り出し、チラホラとヤマメが姿を見せてくれる。


濡れた渓とヤマメを写真に収めながら、少しシーズンを振り返る。


今年も色々あった。もう僕も気がつくとそういう年頃になってきたということだろう。


釣りでは、久しぶりにミノーを使いだし、いくつかのメーカーのものを試した。


まあまあのサイズも沢山釣ったと思う。少なくとも昨年以前に比べれば間違いなく。


だけど、釣果に反比例して、何故だか心の熱が冷めていった。


もしかしたら、釣りに飽きてしまったのかもしれないと思った時期もあった。



ところがタイミングとは不思議なもので、この日釣りに行く前日、この店のブログに春送った写真が載せられていた。


色々書いてあったので、しばらく読んでなかった釣り雑誌を友人に持ってきてもらい、読み終えた後、暗い車内でHOBO50Sのフックをトリプルに変えた。


そして翌日使ってみると、すごく心地よくコントロール出来る。春には揃えて、しばらく使っていたのだけど、その後は他社のミノーをメインにしていた。


アクションもだけど、何より昂揚感が全く違う。心のワクワクが久しぶりに湧き上がってくる。


「あー、楽しい!」


何度も友人に伝える。


この日は結局、スナップに他のルアーを繋ぐことはなかった。



ある程度やった人なら分かるだろうけど、これだけトラウトルアーが流通する中、


「これじゃなきゃ釣れない。」


なんてことはまずほとんどない。それくらい大抵のルアーは優秀だと思う。


だからこそ釣れるルアーより、釣りたいルアーで。


ルアーが勝手に動いてくれる釣りより、自分のイメージするアクションを追い求める釣りを。


もう少し言うと、ルアーはきっと大人のオモチャなのだ。


ビックリするほど美しいもの、シャープな動きをするもの、素早く沈むもの、浮くもの、ちょっと高いもの、手頃なもの。


本当に沢山のオモチャたち。


あーでもないこーでもないと言いながら、選び、ルアーボックスというオモチャ箱に詰めて、山奥に向かう。


そして、やっぱり自分のお気に入りで遊ばないとツマラナイ。


最終日になって、つくづく感じました。


やっぱり僕はアングロのルアーで遊ぶと一際楽しくなれるということを。


そんな気付きがあっただけでも満足なラストフィッシングだったのだけど、



体調を崩して、先に車に戻った友人を尻目に、最後の最後に入った泣きの数百メートル区間。


そこの正にラストポイントになる滝下。


キャストを繰り返し、底波に乗せてドリフト〜ターンを数回。


「ドス!」


「ジッ、ジッ、ジィッ!」



ドラグからフロロが滑り出る。


「嘘でしょ⁈」



正直、「最後に奇跡が〜」なんて話し、今まで僕の釣り人生には全く無縁でした。


こんなの産まれて初めて。


感動の尺ヤマメです。


気がつくと、周りはとんでもない大雨。


例によって折り畳み傘の下にうずくまりながらGRのシャッターを切り続けて、リリース。


意気揚々と友人の待つ車に歩いて帰った。



帰りにコンビニでジャックダニエルを買い、スタンレーのショットグラスに注ぎ、少しずつ口の中に垂らす。


最近はこれしか聴いてないと言っていい、ビルエヴァンスの"SOLO SESSIONS VOLUME1"の2曲目にあるマイ フェイバリット シングスを流す。


数秒ごとに湧き起こる美しいハーモニーと渓流の景色とヤマメとが重なる。


目の前にはHOBO50S。最高の1日、最高の締めくくり。


時間が経ち、結局まあまあの量、ジャックダニエルが減り、酔っ払いは頭の中で1人つぶやく。


「山の中にひっそりと流れる透明な川や、

風に吹かれてキラキラと輝く葉っぱ


大抵つれなくされるけど、ほんのたまに遊んでくれる魚たち


偏屈で変わり者の店主と、そこの美しい釣り道具


それが僕のお気に入り」



「年を重ねたとき、


何かを諦めないといけないとき、


避けられない別れを体験したとき、


ただ僕のお気に入りたちを心に思い浮かべてみよう。


そしたらきっとまた雲を見上げて生きていけると思うから。」