British Paraorchestra「The Nature of Why」
作曲:Will Gregory
振付:Caroline Bowditch
指揮:Charles Hazlewood
演出:Caroline Bowditch、Charles Hazlewood
助成:Arts Council England
目が見えない、あるいはそうでなくても使うことができる、オーディオガイドを、ヘッドホン、イヤホンで提供。私は非常に興味があったものの使いませんでしたが、劇場内の2階にいる1人の方が、パフォーマンスを見渡しながら、同時通訳者のように、ひっきりなしにマイクに向かって、おそらくこのオーディオガイド用に、話していました。
この作品「The Nature of Why」(直訳は「『なぜ?』の本質」)の大きな特徴の一つは、演奏者、ダンサー、シンガー(歌手)の出演者が観客の中に入り込んでパフォーマンスを行うこと。劇場内は、周囲に客席がありましたが、中央に広い空間があり、観客はその空間で立って動き回りながら鑑賞します。
観客の中には、車いすに乗っている人もいましたし、立っているのが大変な人は椅子に座って見ることもできるようになっていました。また、赤ちゃん連れの人もいて、赤ちゃんがぐずったときにはいったん劇場の外に出て、落ち着いたら戻ってくるのも自由です。子どもやその保護者が、床に座ったり、寝転がったりしながら、鑑賞している場面もありました。
もう一つの特徴は、楽器演奏、歌(声)、ダンス(コンテンポラリーダンス)が融合していること。3者が交流しながら、ダンサーも声を出してリズムを取ったり、演奏家やシンガーも体を動かしてダンスに加わったりして、独特な芸術スタイルを生み出しています。
British Paraorchestra(ブリティッシュ・パラオーケストラ)は、世界で最初の、障害のある演奏家たちによるプロの大規模なオーケストラだそうです。イギリスの指揮者Charles Hazlewood(チャールズ・ヘイズルウッド[ヘイゼルウッド])氏が、2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックを前にした2011年11月に結成。同氏が芸術監督を務め、イギリス・ブリストルを拠点に、イギリス各地などで演奏しています。
今回の作品のパフォーマーには、目の見えない演奏家やシンガー、車いすに乗っている演奏家や、片手のないダンサーなどがいました。
「The Nature of Why」は、理論物理学者のRichard Feynman氏の「なぜ」に関するインタビューにインスピレーションを得て制作されました。作品の所々で、そのインタビュー音声が流れ、上部に設置されたスクリーンに、その音声のトランスクリプト(書き取ったテキスト)が字幕で表示され、それを手話で伝える人も同時に映し出されます。その映像が終わると、どこからともなく音楽や歌やダンスが立ち上がり、観客はいつの間にかパフォーマンスのただ中に心地よく巻き込まれていくのです。
インタビューの内容は、「どうして人はこういうことをするのだろうか?」「それを、例えば宇宙人に理解してもらうために一から説明するとしたら、どう言えるだろうか?」といった内容が含まれていたと思います。全く異なる価値観やバックグラウンドを持つ相手とどう分かり合えるかを探るような。でも、この英語インタビューがよく分からなくても、パフォーマンス全体を楽しめます。
音楽については疎くて語る言葉が見つかりませんが、古典的な楽器を使っていても現代風で、不協和音っぽい、金属っぽい音があっても、風が吹く草原にたたずんでいるような、体を優しく包まれているような、心地よさを感じました。歌もソプラノの高音が素晴らしく美しくて、その音にどこまでもついていきたくなります。夢の中にいるみたい。
ダンスは、複雑な動きではなく、観客の間に入っていきながら、観客に触れたりもして、徐々に観客も加わっていき、誰がパフォーマーで誰が観客なのかが分からなくなる瞬間があるくらいです。
コミュニティダンスやコンタクト・インプロヴィゼーションを思わせる踊りが見られました。例えば、1人がひっそりとどこかへ移動し、他の人たちがその人がどこにいるかを見つけて、その人にどんどんくっついていったり、1人のダンサーが観客の子どもに促して、ダンスの動きを1つずつ行い、子どもがそれをまねていく、ということもしたりしていました。
最後は、ますます多くの観客を巻き込んで、私もダンサーに促されて手をつなぎ、そのダンサーと、観客の車いすに乗っている脳性まひと思われる人と、一緒にくるくる回って踊りました。曲が終わってみんなでぴたりと動きを止めたとき、近くにいた観客が「Beautiful」(美しい)と言葉を発したのが聞こえました。まさに美しい瞬間。
世界は美しい、人間は素晴らしい、生きていることはそう悪いことじゃない、生きていてよかった、そう心から思える、パフォーマンスでした。とても幸せな気持ちになって、涙が出ました。
東京オリンピック・パラリンピックを来年に控えた日本でも、ぜひこの作品で来日公演してもらいたいです。
※この作品が上演された、イギリス・マンチェスター開催の医療・福祉がテーマの芸術祭「SICK! Festival」については、下記サイトで詳しく書いています。