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爆発誘発、それでも?

2019.10.02 10:00

オリジナル

百合

三題噺【単三乾電池、秋、羨み】


「あ、この匂い……。」


嗅いだことのある匂いに足が止まる。ロクシタンのハンドクリーム、しかも秋の新商品、この間学校帰りに見つけて、試しにつけた時の匂いだ。そして、そのあと家に帰ったら恋人がつけていた匂い、でもある。社会人はこれだから、と不満そうな私を笑いながら諫める声までをも思いだして、なんだか早く会いたくなってきた。


「JR、次は7分後……地下鉄のほうが早いかなぁ、課金しちゃおうか。」


こうしてまたしも件のハンドクリームから遠退いてしまうのか、と学生の寂しい懐事情を思い返す。いかんいかん、明日はサークルの飲み会でちょっと入り用なんだ、会いたい相手とて暇ではないんだから慌てずとも問題はない。飯は逃げるが、人は逃げない。


「いや、ご飯も逃げない、な?」


そうそう、逃げるのはこの愛しい紙と金属だけ。あきらめてJRさんにお世話になろうと踵を返して緑の改札を抜ける。秋。そう、秋が来た。小さい秋を見つけたとかなんとか言われるが、全くその片鱗を感じることはできない。異常なまでに気温を落とさない地球に対して文句の一つでも言ってやりたいのだが、いかんせん、それをするにはやり方も何もない。自分はしがない大学生であり、社会人の恋人に住まいを提供してもらっている身だ。情けなくて涙も出ない。涙くらいだせよと頭の中で恋人が笑った気がした。7分という時間を脳内会議でやり過ごし、電車へと体を滑り込ませる。出発の揺れに体を任せ、電車の窓に流れる雨粒を見遣る。その窓に映る自分が少しだけ泣いているように見える。ひとつ、瞳を瞬かせると、夜の賑わいを覚える街が濡れているように見える。すると、ふるりとカバンの中でスマートフォンが揺れた。


『おつかれー。』

『講義終わった?』

『今から帰るよ。』


今時、絵文字どころかスタンプも使わないような堅物がLINEというSNSをやっているんだからこのスマートフォンというのはすごい代物だと思う。


『私も終わりました。』

『今電車乗ったとこです。』

『ご飯、どうしましょうか?』


そんな他愛ない話をしながら電車はゆっくりと、しかし確実に私の、私たちの家へと導いてくれる。もうすぐで会える、10時間そこら会わないだけで会いたいなどと、おかしな感覚なのだろうけれど、そんな感情までもが少し愛おしい。早く帰ろう、早く帰ってたくさん甘えて甘やかして、それで少しだけ。お気に入りのスマートフォンで口元を隠す。今きっと、やらしい顔になっているに違いない。きゅきゅっと唇を尖らせて、顔を引き締める。あぁ、明日バイト休みでよかった、といよいよ顔全体まで伝播しそうな喜色をそっと心の中に留めた。


「おっす。」

「あぁー!それ!スタバの!新作!栗のやつ!」

「んぁ、何々、どうしたよ?」

「もー!社会人ずるい!新作ぽんぽこ買うじゃないですかぁー!」

「なに、まだ怒ってたの?ハンドクリームのこと。」


最寄り駅に一足早くついていたのは彼女のほうだった。そしてその手に握られているのはスターバックスのカップだった。おそらく私を待っている際に暇すぎた故に少し寄って買った、というところだろう。中の液体の色から言って、おそらく秋の新作だ。


「一口くださいっ!」

「ん。」


スーツ姿で、仕事後特有の髪の乱れ、先ほどまで飲んでいたカップを手に持ち、少し紅くなったストローの先をこちらに向けた恋人にぼふん、と頭が爆発するような感覚を覚えた。


「……。」

「ん?」

「……イタダキマス。」


はむ、とそのストローを咥えて吸う。ほのかな甘さの中にコーヒーの苦みを感じる。すると目線を上げた先で恋人が少し赤くなっている。


「ん?」

「いや……なんてーか、その、結構かわいいな、と。」

「っ!?」

「うん、やっぱ可愛いわ。何でも好きなものを買ってあげよう、たとえば、これとか。」

「およ?」


ぽん、と私の手に置かれたのは小さな紙袋だった。特徴的なそのパッケージには見覚えがある。さっきからずっと私の頭の中を占めていたそのブランド名が紙袋に書かれている。慌てて中を覗くと、そこには、一度目にしただけの小さなチューブが入っていた。


「可愛い恋人のご機嫌伺い大成功!」

「はわぁ!これは好きになっちゃいます!もう好きですけど!大好きですけど!」

「ご機嫌直してくれた?」

「うん、うん!直った!」

「じゃあ、帰ろっか。」


我ながらあまりにも現金な奴だとは思うけれども、それでも嬉しかった。秋の匂いはすごく好きだ。甘くて、だけどどこか寂しいそんな匂いがする。これは、そう、私が世界で一番愛している人の匂いに似ているのだ。今隣で、満足げに残りのフラペチーノを啜っている人も、そんな匂いがする。


「ただいまー。」

「ただいまぁ。」


夏川、という表札を見るのももう慣れた。夏川花代、春と夏を謳うような名前からは想像しにくい秋を纏うその人は、私の高校時代の先輩でありそして現在の私の恋人だ。大学進学を機に家を出ようと決心した私に、先輩は迷いなく自分の部屋に私を招いた。数年越しの私への告白の答えと共に。


「あ。」

「どうしました?」

「時計止まってる。これほら、買ってきてくれたやつ。」

「あ、ほんとだ。でもこれ、スリーコインズの安いやつなんですよ。」

「へぇ、それなのにずいぶん長持ち……あれあれ。」

「ん?……わぁ、液漏れ。」

「今時、乾電池、しかも単三乾電池なんて使っている電子機器なんてあるんだね。」

「単四乾電池ならいくらか替えがあった気がするんですけど……。」

「あとで買いにいこっか、コンビニまで。」

「はぁーい。」

とん、と外されたその単三乾電池を見ると、なぜだか少し寂しい気持ちになる。

「先輩……。」

「んー?」

「なんで、楽器、辞めちゃったんですか?」

「んぅー……。」

ずっと聞きたかったことではある。ずっと聞いてはいけないことだと閉じ込めていたその疑問は、貴方のようなものを、目の前にしてしまうと不意に出てきてしまった。

「きらめきをさぁ、奪われちゃったから。」

「きらめき?」

「うん、楽器を好きっていう気持ちをさ、ちょっと吸い取られちゃって。」

「私の、あんなに持って行ったのに?」

「勝手に差し出したんじゃん。」

「だって先輩……。」

「人のせいにしないの。」

「うん、はい。」


単三乾電池、いや、乾電池の液漏れというのは、低電圧での使用が長く続いた場合に過放電状態となり、水素が発生する。それにより爆発するようなことを防ぐために安全弁により内部の液体を吐き出す。これが液漏れの正体である。と、これを先輩が知っているかどうかは知らないけれど。


「爆発、させてくれればよかったのにね。」


と、その言葉を聞いて背筋がすっと伸びた気がした。液漏れ、爆発、安全装置。世界が、貴方を守ったのかと私はそっと思ってこくりと喉を鳴らす。


「爆発……?」

「うん、すっきりさせてくれればいっそ未練なんてさ、なくなったのに。」

「乾電池の液漏れ?」

「うん。でも秋もかも。」

「へ?」

「秋もさ、あんまりこう……電圧かけない?」

「低電圧!?」

「ははは、うーん、でもね、爆発、させてくれる?」

「……私は、えっと、うん、はい。」

「秋はいい子だねぇ。」


いい子いい子、となでるその手に甘んじて、言葉は紡がないでおく。私も、貴方を失うくらいなら、屍の状態でも生かしておきたい、とは言わないでおく。私は、優しい。否、私はずるいから。冬宮秋乃は、ずるいから。


「秋はさぁ、いろんな顔を持っていてうらやましい。」

「私が、ですか?」

「うん、秋はすごくいろんな顔をもっていて、わたしはとってもうらやましい。」

「ねぇ、花代さん、お酒飲みました?」


キッチンで後ろにくっつくその存在に聞けばふるふると首を縦に振る。あぁ、この人、もしかして勢いに任せてロクシタンのハンドクリーム買ったな?とそこまで考えてため息をつく。電子レンジで温めているお惣菜の数々を見遣りため息をつく。


「花代さん。」

「あきちゃん。」

「なんです。」

「好きなままで、いい?」

「むしろ嫌いになったら、ぶっ殺しますよ?あんた、いいかげんにしないと。」

「ははぁ、脅迫ぅー。」

「そうですよ、だから、ほんとに、嫌いになった時点で、ほんと、わたし、ダメになりますからね。」

「うん、うん。」

「先輩、ごはん。」

「秋ちゃん。」

「はい。」

「だぁいすき、幸せにしたげるね。」


本当にずるい人。



秋のような貴方と私

出会ったのは私が中学生、貴方が高校生の文化祭の秋でした。



夏川花代

先輩。楽器をやっていた。やめちゃった。


冬宮秋乃

後輩。楽器をやっていた。先輩を呪った。



三題噺っていうものに参加したのは初めてですし、いかんせん、オリジナルを書くのが1年ぶりくらいですのでかなり難航しました。

最後は酒の勢いをかりてどーん。

9月14日に提出したものです。