#9 "心の貧しさ”とは
こんにちは。10月に入りました。世間では消費税10%に増税が話題ですね。そして、世の中はどんどんキャッシュレスの世界に移行しているな、と感じます。
「また、小さな者にも大きい者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも売ることも出来ないようになった。この刻印とは、あの獣の名、あるいはその数字である。」ヨハネ黙示録13:16
この言葉を思い巡らしている人は私だけではないはずです。その日は近い。そう思います。
さて、前回から投稿が遅れてしまいましたので、ちょっと新しいトピックを書きたいなと思います。
聖書では、「(心の)貧しいものは、幸いである」という言葉をよく目にします。
しかし、この”心の貧しい”とはなんなのかな…と、いつもあいまいな感じがしていました。
この言葉は、旧約でも新約でも一貫して大切なテーマだと感じます。
私自身はこの”貧”というイメージから、経済的な貧しさ、つまり貧乏であることがいいことなんだと、先入観と言いましょうか、思い込んでいたふしがあります。
しかし、調べるごとに、それはそういうことを言ってはいないということがわかりました。
それでは、貧しさについて調べていきましょう。
貧しいという言葉は ענו(アナブ)です。
旧約では26回、そのうち12回は詩篇にでてきます。
そのほとんどは貧しいと訳されていますが、謙遜と訳されている所があります。それは、この言葉が聖書に初めて出てくる箇所です。
「モーセはこの地上の誰にも勝って、謙遜であった。」民数12:3
そのほかは、
「貧しい人の叫びをお忘れになることがない」詩篇9:13
などなどです。
ではこの言葉を詳しく掘り下げて調べるために、いつものとおり語根について調べていきましょう。
※語根についてはいずれ詳しく書きたいと思います。”言葉の根っこ"といういうことで、調べたい言葉のルーツとなる言葉、大元となる言葉ですね。
さて、このことばの語根はענה(アナフ)です。
アナフの意味は「苦しむ、辱められる」です。
どのような苦しみなのか、聖書でこの言葉が出てくる箇所を調べましょう。
※調べると、3パターンに分類出来ると思いました。
①神が人に与える苦しみ
創15:13「主はアブラハムに言った。あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、400年奴隷として仕え、苦しめられる。」
申命記8:2「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、」
②人が人に与える苦しみ
創16:6「サライは彼女(ハガル)に辛く当たったので、彼女はサライのもとから逃げた。」
創34:2「ハモルの息子シケムが、ディナと共に寝て辱めた。」
③自分に自ら与える苦しみ
レビ記 16:29「以下は、あなたたちの守るべき不変の定めである。第七の月の十日にはあなたたちは苦行をする。何の仕事もしてはならない。土地に生まれた者も、あなたたちのもとに寄留している者も同様である。 」
これは、大贖罪日のことです。この日はイスラエル中で断食する日として知られています。
このように苦しみを見ていくと、不当な扱いだったり、抑圧だったり、ご覧になった方がイメージをめぐらしていただけると思います。
さて、最初の「心の貧しいものは幸いである」というのは、どういうことなのでしょうか。
それぞれが考えていくべきだと思いますが、私は、人生の苦しみ、悲しみなどを抱えて生きている一人ひとりに励ましとなる言葉だなと感じました。苦しみを受けている人ほど、自分の弱さを知っています。そして真理に対する渇望があると思います。
苦しみに会っている人々は、神様により近い場所にいる。そして、もっとも苦しみを受けたイエス様が彼らの希望となり、救いとなる。
そう思いました。