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あしたのパン焼きさん

ルイーズは何でも知っている(アンティーク恋噺3最終章)

2019.10.03 20:59

おはようございます☀とうとう最終章です😆

ルイーズは何でも知っている(アンティーク恋噺3最終章)


3-8(最終章)

(甘い物が好きなくせに、いつも弟たちの分を優先させるから自分はなかなか食べられないって言ってたもん。ぴったりだわ)

 だが、残念なことにキャンディーは包み紙の中でどろどろに溶けて、さらにポシェットの中の埃や繊維がびっしりと貼りついていて、とても食べられる代物ではなかった。

「ごめんなさい。飴が溶けてぐちゃぐちゃになってるわ……私にはこれしかあなたにあげられるものはないのに」


 それだけ言うと、ルイーズは急に自分が情けなくなってきた。自分は何でも知っていると思っていた。でも、ビクターに渡すものを用意することもできず、代わりに何と言っていいかもわからない。ここでいたたまれない気分になっている自分を奮い立たせる術すらわからない。群がっていた女の子たちを見て、湧き立った気分の正体が何なのかもわからない。だいたい、ビクターと会えなくなることがどうしてこんなに悲しいのかもわからない。どうしてキッチンメイドのマリーに頼んで変装してまでここに見送りに来たのかもわからない。

わからないことだらけだ。


 涙を下まぶたに満々とたたえて、悔し気にルイーズはビクターを見上げた。睨んでるといっても差し支えのないような形相であった。

ビクターは黙ってルイーズの頭を優しく手のひらでポンポンとなでた。そして、わずかに腰をかがめ、顔を若干傾けてルイーズの大きな額に音もなく口づけをした。

「っ!!」

 冷水を浴びせられて急に夢から覚めたように、ルイーズは目を見開いた。突然ルイーズがびっくりした顔をしたので、ビクターは困ったようなほほ笑みをしてみせた。

「キャンディーのお礼。ありがとっ」

 それだけ言うと、ビクターはまたね、と手をひらひらさせてルイーズから離れた。この後、数時間の記憶がルイーズから抜け落ちたということは言うまでもない。

 

 7年の時が経った。ルイーズは13歳で、全寮制の女子校に通っていた。夜、消灯時間の後になると、決まって少女たちは各々がろうそくを手にルイーズの部屋に集まる。物怖じせずにはきはきと話すルイーズはクラスでも人気者で、皆ルイーズの「若かりし頃の武勇伝」を聴きたくて、先生に叱られる危険を冒してまで夜な夜な集まるのだった。

「……それが、この恋の終わり。私は悟ったの。恋をするまでは、私は生きていなかったわ。何にも知らなかったの。あの人に会うまでは、私自分が何を思って毎日過ごしていたのか全く思い出せないのよ」

 それだけ言うと、ルイーズは窓の外を見た。窓の外の遥か北には、イギリスに連なるドーバー海峡が横たわっている。

 その同時刻のこと。夜陰の間をすべるように、カレーの港に一隻の客船が入ってきた。その船に、相も変わらず千鳥格子の帽子を被った青年が乗っていることを、少女は知らない。

(完)