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Aメロにもならない

脱出劇

2019.10.05 02:14

脱出劇、と呼ぶのはいささか大袈裟すぎだろうか。新幹線にはまだ乗り慣れない。いつもより早く着いた駅と慎重に確認する乗り口。大丈夫。間違ってない。


意外にもギリギリに到着したのぞみは乗客が乗り込むとその全員が座りきる前に走り出した。急な動きに三半規管が驚いている。落ち着け、ここで酔ったらこの後が地獄だぞ。君はかつて天才酔わないストとして名を馳せた伝説の人だ。と幼少期は車内で母の膝の上にキラキラを吐き出した経験を持つぼくが冷静に呼びかける。


ことなきを得て、後ろの人に了承を得て座席を少し倒す。この1つの動作にも表情と声色を読み取るコミュニケーションが含まれる、声をかける勇気を手に入れる為に数分を要するわけです。困ったものだ。

後ろの方が良い人そうなことを確認(事前に座る前にも見てる小心者なので)安心して周りを見渡した。


休日にも出張へ飛ぶサラリーマン、小さな子供を膝の上にのせる親子(DVDプレイヤーを持参していてドラ○もんを観ている)、謎の枝をリュックに刺したおばさま(苗木とかだろうか。本当に謎。)、耳栓とアイマスクで爆睡を決め込むおじさま。


その中にぼくもいる。誰の視界にも入っていない感覚が心地よかった。


耳にイヤホンをしてさっきホームで買ったお茶を流し込む。浮かれて買った天むすも楽しみにしている。



どんどんと自分の住んでいる街が遠ざかって一瞬で豆粒になる。あんな小さなところにいたのか。あそこには働く場所も生きる場所もライブハウスもある。ぼくの生活の全てが遠ざかっていく。


物理的にそれらから離れていく安心感、ここまできたら簡単には戻れないという事実に安堵感を覚えるのは悲しいことだろうか。


そんなことを考えているとここは一種の脱出船のようなそんな気がしてきた。日常から避難する為の避難船。乗ったのが土曜日ということもあるのだろう、あまり険しい顔をした人はおらず表情は明るい。


これであの場所からユートピアにいけるのね!さながらの雰囲気。ビバ。


イヤホンの音楽の向こう側から隣の席の小さな子供の歌が聴こえる。隣の席の寝ている人がピクリとはねる。この穏やかな時間が度々着く駅と人の出入りで小走りで過ぎていく。降りていく人で空席が徐々に目立ち始める。避難先が違うことに少し寂しかった。ああ君はここでさよならか。元気でやるんだぞと一人心の中でグーを宙に掲げる。一生バレないでほしい。


また新しい人を乗せてこの船は颯爽と避難し続ける。日常に帰るあなたも乗せていく。どこへ行き着くのか決まっているのに何処へだって行けるようなそんな気もする。いこう。



あで。