偶然の重なりと、つかずに済んだ嘘。
ちょっとした出来事や偶然の重なりが、何かの暗示というか、ある種の“お告げ”のように思えてしまうことがある。そして結果、「そう思えてしまうということは……」と自らの行ないを顧みることになったりもする。
7月、QUEEN+ADAM LAMBERTのロサンゼルス公演取材のために3泊5日のスケジュールで渡米した。それに伴う記事は11月4日に発売されたBURRN!誌11月号に掲載されている。その記事中、頭を抱えたくなるような校正漏れがふたつほどある。記事のキャッチに用いた「真夏の夜の夢」という一節が「~世の夢」になっていて、本文序盤でQUEEN史上初の北米ツアーが実施されたのが「1984年」となってしまっているのだ。これは完全に「1974年」の間違い。文中にはその後も1974という年号が幾度か登場するので、僕自身が勘違いしているわけじゃないことは読者に理解してもらえるはずだが、こうしたミスの精神的ダメージというのはちょっと尾を引くもの。この場で訂正するとともにお詫び申し上げたい。誠に申し訳ありません。もちろん校正というのは執筆者ではなく編集者の仕事だが、納得のいく原稿を書き上げた時点で安堵していてはいけないな、と改めて実感させられたし、僕自身が編集者だった頃に同じような想いを誰かに味わわせてしまったこともあるはずだな、と顧みさせられた。
とはいえ、何を隠そう今回の本題は、その件ではない。
実は僕は、9月にも渡米する予定でいた。目的地はまたもロサンゼルス。9月20日、ステイプルズ・センターでKISSのライヴを取材する計画を立てていたのだ。ところが、その取材に関して早々にざっくりとOKを出してくれていたKISS側からの最終的な回答がなかなかなく、「そろそろ航空券と宿泊の手配をしたいんですけど」的な催促をした直後、同公演とその1本前のオークランド公演の延期が発覚。「ならば仕方ない。そのさらに前にあるソルトレイクシティ公演を観に行くしかないか」と調整を進めていたところ、今度は同公演も開催目前になって延期に。理由は「ジーン・シモンズが医療処置を必要とする事態になったため」とのことだった。
それにより、「KISSの公演を来日前にアメリカで取材する」という計画は失敗に終わったのだが、僕は今月もどうにかしてアメリカに飛べないものかと考えていた。MOTT THE HOOPLEの北米ツアーを観に行くためだ。もちろんこのバンドはコンスタントな活動をしているわけではなく、往年からのメンバーはイアン・ハンター、アリエル・ベンダー、モーガン・フィッシャーの3人しかいない。しかし、これまで一度も来日公演を行なったことのないMOTT THE HOOPLEの、しかも1974年以来の北米ツアー(そう、QUEENが前座を務めたあの時以来ということになる)を観られるとなれば、ちょっと無理をしてでもスケジュールをこじあけて飛びたくなるというものだ。
しかもこの時期に渡米すれば、どこかでTOOLのライヴも観られそうだ。狙うべきはナッシュヴィルかダラスか、はたまたアトランタか……。そうして目的地を絞りつつあった頃に届いたのは、このツアーがキャンセルされたとの情報だった。理由はイアン・ハンターにドクターストップがかかったこと。重篤な病というわけではないようだが、彼はここのところ酷い耳鳴りに悩まされ続けていたのだという。
その事実を知った時に浮かんだのが、母の顔だった。1939年生まれのイアン・ハンターは今年の6月3日で80歳になっている。そして同じ年の10月に生まれた僕の母も、まもなくその年齢になろうとしている。母は昔から僕が海外出張に出ることをあまり好ましく思っておらず、「飛行機は、事故に遭うもの」と思っているようなところがあり、渡航報告をするたびに不機嫌になる。だから最近では、ごく短期間の海外出張については「今回は大阪と広島をまわらないとならず、移動が多いから電話に出られないことも多い」などと嘘をついてごまかしながら出掛けていた。同居していないから、旅支度の様子からがバレてしまう心配もない。実際、7月のロサンゼルス出張に向かう際にも「来日している海外バンドの地方公演に同行するため」などと言っていたのだった。ちなみに母は、インターネットとは無縁の生活をしているから、ツイッターなどで真相を知ってしまう可能性も皆無に等しい。
その母が、9月30日、自宅で転倒して腰を傷め、翌日から入院することになった。MOTT THE HOOPLEのツアー中止を知った直後のことだった。そして10月2日、ジーン・シモンズが治療を要することになった原因が腎臓結石だったことを知った。そこで思い出したのは、今から30年ほど前、母が出産以来初めての入院をした際の原因も腎臓結石だったということ。もちろんそうした合致は、単なる偶然でしかない。ただ、えらく勝手な思い込みだけども、僕はイアン・ハンターとジーン・シモンズから「ライヴは今じゃなくても観られるから、今は大切な人のそばにいなさい」と言われているような気がした。
そんなわけで、10月1日以降は、母の入院先に面会に通いながら、連日の取材や執筆作業に追われている。わりと大変な毎日だ。しかし、母が倒れたその日に、嘘をついて海外にいたりしなくてほんとうに良かった、と思う。幸い、母の容態は良くなりつつあり、倒れた当初はえらく弱気だったのに、「毎日来なくていいよ。もしかして仕事ないんじゃないの?」などと軽く毒を吐くようになっていたりもする。
明日も、取材の合間に病院に行く。7月にこっそりロサンゼルスに行っていたことをいつか明かすべきかどうかについては、まだ決めかねているのだが。
https://www.mottthehoople-74.com/