源氏物語 最古の写本発見
世界的古典文学として知られる一方で原本のない「源氏物語」について10月8日、新たに藤原定家が校訂した「青表紙本」の存在が発表されました。
冷泉家時雨亭文庫(京都市上京区)は、源氏物語の現存する最古の写本で鎌倉時代の歌人・藤原定家による「定家本」のうち「若紫」1帖が、東京都内の旧大名家の子孫宅で見つかったと発表しました。
発表内容では、定家が校訂したとみられる書き込みや、鎌倉期に作られた紙の特徴などから、同文庫が定家本と鑑定したそうです。
既に確認されている定家本4帖は、いずれも国の重要文化財に指定されています。
「若紫」は、光源氏が後に妻となる紫の上との出会いを描く重要な帖だけに、今後の古典文学研究に大きな一石を投じる可能性があります。
源氏物語(全54帖)の定家本は、紫式部による創作から約200年後の13世紀初めに書き写されました。
昭和初期に国文学者・池田亀鑑氏が調べ、「花散里」「柏木」「行幸」「早蕨」の4帖が確認されていました。
今回鑑定した元文化庁主任文化財調査官の藤本孝一氏によれば、冊子の大きさは縦21・9センチ、横14・3センチで、全132ページ(66丁)に抜け落ちがなかったようです。
定家本の特徴とされる「青表紙」が施されていた上、本文を記した紙に鎌倉期に多い繊維がふぞろいの「楮紙打紙(ちょしうちがみ)」が使われ、上級貴族が用いた青みがかった「青墨(あおずみ)」で校訂した跡もあり、定家本と判断しました。
・源氏物語の定家本「若紫」の発見について記者会見する関係者
(京都市上京区・冷泉家時雨亭文庫)
藤本氏は取材に対して、「公に存在が知られていない『幻の帖』だけあって現存を想定しておらず、青表紙を拝見した途端ただただ驚いた。紙質や各ページの行数を確かめ、ほかの4帖と筆跡を見比べ、間違いないと思うに至った」と話しています。
鑑定に協力した京都先端科学大の山本淳子教授(平安文学研究)は、定家本の流れをくむ室町時代の青表紙本系統の「大島本」(古代学協会所蔵)と見比べ、「一見したところでは、ストーリーの大筋が変わっているとは考えられない。細部に相違が見られ、研究が進むと、教科書の表現が書き換わる可能性はある。大島本からさらに250年、現代から800年もさかのぼって写本を確認できる意義は大きい」とみています。
所蔵するのは、三河吉田藩主・大河内松平家の子孫に当たる大河内元冬さん(72)。
今年2月に茶道具を鑑定してもらった際、東京都内の実家にあった写本が定家本の可能性があると指摘されたため、4月に同文庫へ鑑定を依頼しました。
明治時代にまとめた大河内家の所蔵目録に「黄門定家卿直跡、若紫」とあり、1743(寛保3)年に福岡藩主・黒田家から大河内家に贈られたと記されていたといいます。
大河内さんは「いまだ実感がないが、定家ゆかりの場所で公表できて大変光栄に思う」と述べています。
・愛知・三河吉田藩主だった大河内家の子孫の大河内元冬さん=京都市
13日午前、兵庫県西宮市の関西学院大で開かれる「中古文学会」で藤本氏が詳細をスライドの発表と写真複製本の出版なども検討してそうです。
この記事は2019年10月8日京都新聞デジタル版、『源氏物語で最古の写本発見 定家本の1帖「教科書が書き換わる可能性」』の記事を転載しております。
【冷泉家と時雨亭文庫とは】
冷泉家は、鎌倉時代の歌人藤原定家(1162~1241年)の流れをくみ、定家の孫の為相が冷泉家の祖になります。
歌道を家業とし、定家筆の「古今和歌集」(国宝)や「明月記」(同)など国宝5件、重要文化財48件をはじめとして、2万~3万点の典籍や古文書を所蔵しています。
保存や公開に向け、財団法人として1981年に時雨亭文庫(京都市上京区)が設立されました。
【藤原定家】
藤原定家(1162-1241年) 中世初期の歌人。歌人・藤原俊成の息子。
1201年、新古今和歌集の選者を命ぜられました。
小倉百人一首の選者としても知られ、定家が19歳から死の直前まで書き続けた漢文日記「明月記」もよく知られています。