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S4BC弘前バドミントンサークル

たまには昔話②

2019.10.13 17:58

こんばんは!!ゆきすけです。


眠れないのでたまには昔話②を書きたいと思います。


①では高校時代までを書きましたが(アメブロの過去ログたまには昔話参照)ここでは大学受験からを書いていきたいと思います。


【高校3年後半】

小学校から薬剤師目指してたので、目指す大学は薬科大か薬学部でした。高3で部活引退してから成績は少しは上がってきましたが、それまでは落ちこぼれ状態で行きたい大学には程遠い成績でした。小学中学みたいにどうやっても満点取れないし結局中途半端だなーって思いながらもひたすら日々をこなしていました。とにかく受けれる東京の薬科大受けまくって、浪人は嫌なので滑り止めで地元の大学(薬学部以外)を受験することにしました。


大学によって受験問題は違うので受験間近はそれぞれの過去問を頑張ることに。でもそこで俺は考えました。受験問題作る人の立場になって。


試験問題作る人も大変だから過去問そのまま出したいけど、それは受験生もわかってると思うからさらに奥深くから問題持ってくるんじゃないかと!

つまり普通は過去問と言うと大体3年〜5年分くらいだけどさらに前のやつもやればいいんじゃないか?


と高校生ながらに思いつき、その時はそれを信じて我武者羅に丸暗記を始めることに。当時はネットもやってはいたけど情報の絶対量が少なく、本屋さんの過去問コーナーで受けたい大学の過去問集を買いまくりました。

各大学受験する頃にはその大学の過去問10年以上、しかも男子部女子部の問題分かれているところはそれも全て完全にできるようになってました。しかも丸暗記なので問題文全部見なくても答えれるように、まさに早押しクイズ的なww


【2月の私立大学薬学部の受験ツアー】


兄が八王子いたのでそこにしばらく住み込みで、二ヶ所受験することになりました。中学校の修学旅行以来の東京なので実質始めての東京。何をするにも不安で全てが新しくて大変だったけどそこら辺は兄がいてフォローしてくれたのですごい有り難かったです。


そして大学2つ受験してわかったのが、自分の感が的中したという事です!結局大学はこの時受けた大学のうち八王子の方に決めたんですが、入学後先生に聞いたのが俺の予想通りの回答でした。

受験担当の教授達も普段の授業、研究などにも忙しくて、問題を作ってる暇がそんなにないそうです。かと言って新しい問題作って廃問(問題自体に不備があって全員が正解になるやつ)作るのもダメだし、やっぱり過去問から引っ張ってくるという事でした。近くの過去問やると全員合格になるので、10年以上前とか、男子なら女子部の問題にすり替えるとか、数字を変えたり順番を変えるとかして。だそうです。大当たりw


【私大合格発表】

予想が的中して受かった自信はあったのですが、合格発表日は緊張してました。当時は薬学部の倍率が異常に高く中には滑り止めで受けている人もいるとはいえ合格倍率は15倍以上でした。自分の番号探すまでに、ほとんどの番号が消え去ってましたねww これが2月中旬のこと。そして私大二つは無事合格しました。


【地元の国立大学受験】

もう行きたい私大合格決まっていたので、それからは全く何もしてませんでした。でも親に経済的な負担を...と思うと国立大学に行った方がという考えも少しは頭をよぎりましたが、やっぱりどうしても薬学部行きたくて、この受験は適当にしてしまいました。とは言え過去問は全部やってます。またここでも予想は的中して問題は過去問からばっかでwwと言うわけで国立大学も合格しました!


【東京へ】

東京行きたい行きたいと思ってたとは言え、いざ地元を離れるとなると寂しいものです。恥ずかしながら東京行く前日は号泣してましたね。果たして1人で全部やっていけるんだろうか。4年も勉強しながら生活して薬剤師になれるんだろうか。不安だらけでした。さようなら青森


【大学】

まず困ったのが言葉の壁

わたくしは子供の頃はかなりの完璧主義で、人に弱みを見せるのが嫌いな人間だったので、完全に東京に同化しました。ボロが出るのが嫌で(田舎がダメだとは思ってませんが)言葉を発するのも最小限にとどめる様に。

そんなわたくしが初めて東京で友達になったのが、入学ガイダンスで隣に座ってた人。典型的な出会い?ですが消しゴム落として拾ってくれたのが隣の人です。

その人は江戸川生まれの生粋の東京人で、しかもかなりできる子でその年のうちに東大へ途中で編入?して去ってしまいました。今何してるんだろう...。


そんなお堅い自分を変えてくれたのがバド部でした!入部説明会の時あちこちうろうろしてたらラグビー部やら柔道部の勧誘を受けましたが、バド部の入部のコーナーに座りました。


え?


座ったのに誰も話しかけてこない...。他の人には紙渡して何かかいてもらってるのに、1人だけ完全に取り残されました。


そして勇気を出して自分から先輩に話しかけました。


後から聞いたらかなりガタイがいいのでまさかバド部に入るとは思ってなかったとの事。なんのこっちゃですよ全くww


そしてここから4年間地獄の様な日々が待ってました。


付き合いが多いのにお金がない。


これにつきます。


速攻コンビニの深夜のバイトを始めました。それだけでは足りなくて家庭教師も掛け持ちで三件。授業やって部活やって家庭教師行って10時から深夜バイトやってまた朝に学校という今考えると吐き気がする生活に。


暇でやることがなくてダラダラする日が多分4年間で数日しかなかった気がしますね。


その他飲み会やら部活の大会、合宿...

部活仲間は地元勢多かったので、金銭的にすごく羨ましかったです。交通費もバカにならないので帰省も数えるほどしかしませんでした。それも裏技を使って鈍行電車だけで青森行くという(時効)今はもうできない裏技です。


長くなりすぎたので今回はこのくらいで!

次回はたまには昔話③大学生活後半と社会人編を書きます