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己修道

善行の陰と陽(表と裏)

2019.10.14 19:24

良い人。

 

あの人は素晴らしい人だ。

 

 

 

などと、世の為、人の為と、奉仕に一生懸命のものが居ます。

 

 

その様に、一見、素晴らしい奉仕精神に満ちた人でも、陰と陽と必ず二極ある。

 

 

 

どんなに、奉仕精神に満ちた、一見素晴らしい行動力を持った方でも、愚痴を言いながらの奉仕や、陰で文句を言ったり、他人を批判したり、悪く言ったりする人の本質は、神から見たら悪になる。

 

 

人間の目には、良い人に写っても、

神からみたら、

全く善行にはならないのだ。

 

 

 

必ず、その内、本質的な尻尾を出す。

 

 

 

 

本当に霊格が高く謙虚な人間は、常に感謝の気持ちが態度に現れるものだ。


他人を悪く言わない。

 

 


感情的に出来るだけならない様に、自分自身を自制する。

 

 

どんな時に、その人の本質が出るのか❓

 

 

 

自分が一生懸命頑張って居る時に、頑張らない人を悪く言ってみたり、失敗をする人を責めてみたり、一生懸命やりながら、文句をブツブツいう。そして最もらしい事を他人に説明したがる。そんな事を呟いて言っている時だ。

 

 

 

この様な、細かな態度で、必ずその人の善行が本物か❓偽物か❓わかるのだ。

 

 

 

 

 

大切なのは、秘めた心の、感謝の想念と、下座の想念である。

 

 

利他愛と謙虚さである。

 

 

 

 

人の本質は、必ず言霊と態度に出るものだ。

 

 

 

 

自ら、苦労を経験し、感謝で困難を乗り越え、謙虚に自分自身の天命と向き合わなければ、大精神力は身につかない。

 

 

5年や10年で、悲鳴をあげ、困難から逃げ出そうとする者には、見えない世界がある。

 

 

一緒かかっても、困難と向き合い、天命と向き合う。

 

 

 

それでも、感謝の想念で乗り越え様とした時こそ、魂が鍛えられ、神に近づく一歩となろう。

 

1日で、どうこう出来るものではない。

毎日の修練の積み重ねでしかない。

 

 

 

誰に批判されても、動じず感謝。

 

 

 

たとえ誰にも批判されていなくとも、自分自身が己を否定していたら、神から観れば、これは批判を言っているのと同じである。

 

 

 

先ずは、己を愛し、許し、そして利他を愛し、許す。

 

 

 

自分自身を自己否定するのも、他人を批判するのも、同じだと多くの方に知ってもらいたい。

 

 

言論の自由だと、人を非難し、人の失敗を指摘し、粗探しをすり。

実に低次元な魂レベルの低い言動と行動になってしまう。

 

 

 

自己否定するものは、絶対に幸福感は得られない。

 

 

 

 

 

黙々と、誰に何と言われようが善行でもって生きられる人生であるべきだ。

 

 

また、笑顔とユーモアに溢れた幸福感に満ち溢れた人生であってほしい。

 

 

 

 

人生は修道だ。

 

 

 

今日も、己修道