八ヶ岳ブルー見に行こうじゃねえかこの野郎② テント場のファンタジー編 2019.10.15 02:54 夜中に目が覚めた。 やはり、か。 ぐぐお〜! ぐおおおお! 近所のテントからゴジラばりのイビキが聞こえる。 一度気になってしまうとなかなか眠れない。それどころか、どんどん目が冴えてくる。 しばらく寝袋に包まったまま待ってみたが、怪物級のイビキは続く。 仕方ないので一度、トイレに行くことにした。テントの外に出て空を見上げると、プラネタリウムのような無数の星々が輝いている。テント場は真っ暗だ。どうやらイビキの主はすぐ隣のテントのようだ。主は確か、ソロで来ている70近いおじさんで、駐車場の車が隣だったのでよく覚えていた。 トイレから戻ってきて、まだイビキが続いていることにため息が出る。寝れないじゃないか。 しばらくテントの外に椅子を出して座って、イヤホンで音楽を聞きながら夜空を眺めてみたが、その雰囲気をイビキが台無しにする。テント場でイビキをかいているのはこのおじさんだけ。なんでよりによって隣なんだ・・・。いや、隣でなくてもこの轟音ならどこにいても聞こえる。もしかしたらおじさんも自分がイビキをかくと知っているから気を使って端っこにテントを張ったのかもしれない。 イビキを止めようと、オレは地面を蹴ってみたがその振動や音はおじさんに伝わるわけもない。 おじさんが一瞬でも起きてくれたら・・・・。そう、一瞬でもおじさんが起きて、イビキがとまってくれればそれでいい。その間にすぐに寝袋に入り、ダッシュで眠りにつけばいいのだ。 そうだ、テントを揺さぶってみるか。地震だと思って目を覚ますかもしれん。あるいは熊が襲ってきたとか、もうなんでも良い。 オレは立ち上がって、おじさんのテントの布を軽く叩いてみた。パシっパシっ。布が波打つ。何事かと驚いて起きるだろう。と思ったが甘かった。何度叩いてもまったく意味がない。一体どういうことなんだ。 今度はテントのポールを掴んでテントごとゆさゆさ揺さぶってみる。そんなことをすれば目を覚まして起きるどころか、びっくりして出てくるに違いない。普通の人はそう思う。しかし、おじさんは違った。決して起きない。イビキも止まらない。テント内にスピーカーがあって、イビキは自動再生させれれているんじゃないかと疑うほどだ。あるいはこの中には本当に猛獣がいるんじゃないかと思うようなイビキ。くそう、なんなんだこのおじさんは。一体、何者なんだ。 そうだ、と思い立った。 テント場ではトイレに行く人等が迷惑にも煌々とライトを点けて平気で他人のテントを照らしていく時がある。照らされたテント内は光が溢れ、迷惑きわまりない・・・。 それだ!オレはヘッドライトをおじさんのテントに当ててみることにした。 ライトを一瞬だけ0.5秒当てる。寝ようとしている人なら、たったそれだけでもずいぶんな迷惑行為である。しかしだ、おじさんは起きない。 もう一度、今度は1秒。 起きない。おかしい。 もう一度、2秒。3秒。4秒。・・・・。 なぜだ。なぜ起きない。 ぐぐお〜! ぐぐお〜! まったく起きないし、イビキもとまらない。強者だ。 では仕方ない。今度は至近距離でヘッドライトを当ててみることにした。 テント場のみんな、オラに元気をくれ! みるみるうちにヘッドライトが最大光量まで上がる。 おじさんのテントは、オレが至近距離で当てるLEDライトでまるでテント場のランタンと化し、まるでディズニーランドの夜のパレードのように煌々と幻想的に光り輝いていた。テント場のファンタジーだ。照らされたテント内はおそらく昼間のように明るいはずだ。これで異変に気付くはず。 頼む。おじさん、起きてくれ。一瞬でいい。イビキをとめてくれ。アンタも寝たいがオレも寝たいんだ。 オレは祈るようにしてライトを当てていた。 しかし。 ぐぐお〜! ぐおお〜! オレは根負けした。ダメだ。このおじさんを起こすにはこの地球ごと破壊するか、超大型扇風機でテントごと宇宙の果てまで吹き飛ばすしかない。 体も冷えてきたので仕方なくオレはテントに入り、半ばやけになって寝袋にもぐった。どれくらい経ったろうか、フゴッ!というおじさんの苦しそうな鼻息と共にイビキがとまった。 チャンス! オレは全神経を眠ることに集中し、おじさんのイビキが復活する前に眠りにつくことができたのだった。