紀人羨しも きひとともしも
飛び越え石から真土の集落に上がってきました。上空から西側を望むと、住宅が並ぶ向こうに紀ノ川が流れ、森の中に太陽光発電施設が作られていたりして、万葉の昔をしのぶ感じにはなれません。でも集落の中の道は急な上り下りがあったりして、古代の旅人にはアクセントのか、難所だったのか。
集落から急坂を下って国道24号に出ると!犬養孝さん揮毫の万葉歌碑があります。昭和55年、犬養さんが存命時の歌碑です。
あさもよし 紀人羨しも 真土山 行き来と見らむ 紀人羨しも
紀の国の人は羨ましいなあ。真土山を行き来するたびに見られる、紀の国の人はうらやましい。万葉集にはいくつも「国ほめ」の歌があり、権力者が支配を誇示したり、旅人が地霊に畏怖の念を示したり、といった解釈がされていますが、この歌はあまりにストレートで、余計な解釈はいらない気がします。
さらに、国道を渡ったところにも歌碑があります。こちらは橋本駅や飛び越え石の歌碑と同じく、2000年に建てられたシリーズで、犬養さんの遺墨で文章と歌が彫られています。
あさもよし 紀へ行く君が 信土山 越ゆらむ今日そ 雨な降りそね 作者未詳
紀の国へ行くあなたは、今日くらいに真土山を越えているんでしょうね。雨よ、降らないでくださいね。斉明天皇が658年、牟婁の湯に行幸した時、供奉できず都に残された人が詠んだとあります。だとすると、真土山の歌の中でも一番古いかもしれません。
この歌碑から国道を西に3キロ余り行くと、妻の杜と呼ばれる小さな森と祠があり、歌碑があります。
紀の国に 止まず通わむ 妻の杜 妻寄しこせね 妻といひながら 坂上忌寸人長
紀の国に何度も通おう。妻の杜よ、どうか妻を寄越しておくれ。妻という名なんだから。古代の結婚したい男の切実さに、笑っていいのか悪いのか。いずれにせよ、真土山周辺にまつらう万葉歌は、激情というよりも生活感にあふれた、日常的な男女の交情をうたった歌が多いように感じます。
真土山の近くには、日本最古級の文字が刻まれた国宝・人物画像鏡を祭る隅田八幡宮もあります。歩いて感じる古代、いかがでしょうか。