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鈴木桂一郎アナウンス事務所

10月18日(金)『歌舞伎芸術祭十月大歌舞伎、夜の部』

2019.10.18 01:18

歌舞伎座10月夜の部を見に行く。通し狂言の三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)と、玉三郎の二人静。

通し狂言、三人吉三巴白浪は、お尚吉三を松緑、お坊吉三を愛之助、お嬢吉三は、梅枝と松也の日替わりで、今日は松也が演じた。

三人吉三巴白浪は、大川端庚申塚の場が単独で演じられることが多い。通しは、中村座を始め、何回か見たが、歌舞伎座では平成16年以来15年ぶりである。玉三郎がお嬢吉三を演じると玉三郎ばかり見てしまい、芝居の筋などどうでもよくなったのを記憶しているが、今回は役者が若いので、一人一人の役者の演技を中心に観ずに、ストーリーを追って観たので、河竹黙阿弥の作劇術のうまさ、ストーリーテラー振りを実感した。それにしても、人間関係が複雑に絡み合い、因果、因縁が絡み合って、実に複雑だが、今回は、その繋がりがよく分かった。

お坊吉三、お嬢吉三、お尚吉三の三人は、大川端で出会った際、御互いの血を啜り、義兄弟の契りを結ぶ。生まれた時は違うが,死ぬ時は一緒と、自分の意思で決めた盗人同士の義兄弟の約束である。

一方で、お尚吉三には、年下の双子の兄弟姉妹、重三郎とおとせがいる。お尚吉三を中心に、義兄弟と、肉親である双子の兄弟姉妹の関係が絡むのだが、お尚吉三は、義兄弟の二人の命を助けるため、近親相姦という畜生道に落ちたとはいえ、実の兄弟姉妹を殺し、首を切る。江戸の底辺で生活する家族の悲劇を感じたが、実の兄弟関係より、自分の意思で選んだ義兄弟を選ぶ、江戸末期の盗人の考え方が、よく分かった。

大川端庚申塚の場は、尾上右近が演じるおとせが、綺麗で将来は、お嬢吉三をやるなと思った。綺麗な女形がいないので、貴重である。お嬢吉三は、松也で観たが、立ち役が演じているので、女形から男への変化が薄いが、男に変わった後の啖呵は効いていた。松也の女形は綺麗でいいが、男と露見してからの演技が淡白過ぎた。幸四郎や海老蔵も女形を演じると、綺麗だが,松也も同じで、元が綺麗だと、役者は得だ。大川端庚申塚の場では、お尚吉三の松緑の声がくぐもって良く聞こえない、低音域を意識しすぎ、声を作り過ぎではないか。愛之助のお坊吉三は、品よく、さらっと演じていた。LGBT全盛の今の時代ではあるが、お坊吉三とお嬢吉三は、同性愛関係に在り、二人が美しいのは良かったが、松也の背が高すぎて、愛之助とバランスが悪かった。江戸の観客は、同性愛は、許容していたが、近親相姦は、畜生道と嫌っていたと言う事だろうが、と言う事は、実はあったのだと思わせる所が、面白かった。

二つ目は、玉三郎と児太郎の二人静。玉三郎の銀に輝く衣装が、いかにも豪華で、高価であると思わせた。高尚な能を思わせる舞だったが、能を観たければ、能楽堂に行けばいいので、歌舞伎って何なのと考えてしまった。幕が閉まり、帰りの観客の立話しを聞くと、玉三郎が綺麗だったわね、という声があちらこちらから聞こえてきた。綺麗な玉三郎を見る事が出来たと思えば、それで私もいいと思った。