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母と2人旅 part1 ~お墓参りと浸水被害編~

2019.10.21 02:38

私の治療が落ち着いたら、母の故郷へお墓参りに行く約束をしていました。

その時を迎える事ができた事に感謝です。

母とのんびり2人旅。

圏央道から東北道を走り福島県郡山市へ向かいました。

途中、佐野SAで 佐野ラーメン を食べました。

数量限定 青竹踏み 佐野ラーメン です。

さっぱりして美味しかったです。

郡山南インターで降りて、先ずは1番の目的のお墓参りです。

郡山駅からほど近いお寺 善導寺 です。

母の故郷のお墓参りは25年振りくらいだと思います。

東日本大震災でお墓も倒れて、お寺全体の手直しがあったそうです。

大きな木の根元に古い墓石がたくさんあったのは覚えていました。

区画整理したとの事で、綺麗に並んでいました。

位置は大きな木の根元からちょっとずらしてありました。

かなり古い墓石です。母の母、私のお婆さんの実家のお墓のひとつを譲り受けたそうなので、苗字も様々です。

立派な育ちだったそうです。

それぞれの墓石にご挨拶しました。

母の実家は自転車屋さんでした。

小さい頃、祖父が自転車を引いて、陸橋まで行って、汽車を見せて貰ったのを覚えています。

あまり喋る人ではなく、火鉢の横に座って、煙草をふかしていたのも覚えています。

自転車屋の店先で、近所の駄菓子屋さんで買った、ヘビ花火やネズミ花火をした事も懐かしい思い出です。

また、私が小学生の頃、まだ埼玉県草加市に住んでいた頃です。

敬老の日に祖母が遊びに来ていて、弟と2人でお小遣いを出し合って、お婆ちゃん人形をプレゼントしたら、涙を浮かべて喜んでくれた事は今でも忘れられません。

亡くなるまで、ずっと大事にその人形は仏壇の横に飾ってありました。

そんな思い出話しを母としました。

「とうちゃん、かぁちゃん、またくっからね!」

母は墓石に声を掛けて、お寺をあとにしました。


お寺の後は、叔父の自動車工場へ向かいました。


母の故郷 郡山市 へ向かう1週間前に台風19号の影響で、母の弟の自動車工場が浸水被害にあってしまいました。

工場は阿武隈川のそばで、約1m弱上がりました。

朝一番では、膝ぐらいだったそうですが、だんだん数位が上がっていき、1m弱までになったそうです。

川の水に汚水やガソリンも混じり、浸水した車のシートは異臭が強く、陥没ではなくても廃車にするしかないそうです。

しかも、お客様の車は保険対象ですが、会社の車は保険対象外だそうで、3台は泣くしかないそうです。

1台は叔父の弟の遺品でもあったグランビアもその中の1台でした。

工場内の機械も1部浸水でダメになったそうです。

母が電話で話した時はショックが隠しきれなかったようです。

ただ、自宅は別にあり、そちらは被害が無かったことは不幸中の幸いです。

叔母は

「片付けは大変だけんども、私らは家に帰れば、服も脱ぎ捨てて、お風呂につかれて、大の字で寝れるんだから、まだいいちゃ!って、みんなで言ってたの…」

事務所の泥の掻き出しはかなり大変だったそうです。

向かいの工場では休憩室の畳が浸かってしまい、大人3人掛かりでやっと外に運び出していたそうです。

叔父の会社の休憩室は床がふかふかになってしまったそうです。

家財道具や書類も濡れてしまい、処分の為、外に出してありました。

大事な書類は棚の上だったので大丈夫だったそうです。

空調設備は室外機に水が入ってしまったので全滅だそうです。

買い替えようと思っていた矢先だったそうで、被災前に買い替えなくて良かったと言ってました。

そんな中、お客様がお見舞いに来られ、差し入れや自宅で不要になった暖房機を持って来てくれていました。

叔父さんの人柄の成し得る事なんだと思います。

私達も親族一同でお見舞いを渡しました。

今回、乗って行った車は父の車で、以前にオイル交換の予約をしていました。

被災中なので、難しいと思っていましたが、従業員の方がオイル交換を予定通りしてくれました。

叔父は積載車でお客様の車を取りに行ったりと事務所の片付け以外の対応に大変そうでした。

母は叔父の顔を見て少しは安心したようです。

邪魔になってはと、私達は予約してある宿に向かう事にしました。


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