世界一訪れたい日本のつくりかた
デービット・アトキンソンさんが、2017年上梓した「日本再生は、生産性向上しかない!」の後に書いた作品が本作品です。「新・観光立国論」が書かれたのが2015年ですが、当時の主張をよりアップデートしてわかりやすくしたのが本書である、といえます。
まず、アトキンソンさんは、世界における「観光産業」の伸びを示し、この「観光」こそがこれからの日本に必要な産業であると、説明します。「世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)の試算では、観光産業は全世界のGDPの10%となっており、全世界の雇用の11分の1を生み出しています。観光は外貨を使ってもらう産業ですから、輸出産業とされています。観光を国際サービス貿易ととらえた国連世界観光機関(UNWTO)の試算では、観光輸出の総計は、1.5 兆ドルとなり、世界輸出の7%を占めています。かつて観光産業は途上国(中略)の産業というイメージがありましたが、今は約170兆円の産業となっており、先進各国にとっても極めて重要な産業として位置づけられています。国際的にも注目を集めている成長産業なのです。以上のことから世界経済において『観光産業』は、エネルギー、化学製品に次ぐ『第3の基幹産業』という位置づけになっているという現実が見えてきます。」(P19)「UNWTOによると、全世界の『国際観光客数』は1950年の2,500万人から右肩上がりで増加しており、2015年には11.9億人まで増えています。60年以上も途切れることなく成長を続けてきた過去の実績から、UNWTOは、2010 ~ 2030年の年間成長率を3.3%と見込んでおり、2030年に延べ18億人になると予測しています。国連は2030年に世界総人口が85億人になるとも予測していますので、これから13年後には地球上の5人に1人に相当する国際観光客が海外旅行を楽しむ、『大観光時代』とも言うべき世界になっているということなのです。世界的に見ると、『観光』が現時点ですでにエネルギーや化学製品に並び、自動車を上回る『基幹産業』となっているとともに、さらにこれから力強く成長していく『有望市場』であるということがご理解いただけたと思います。」(P20)アトキンソンさんは、観光産業の基礎4条件は「自然、気候、文化、食」であり、これが観光立国の決定要因で、これに加えて「多様性」が非常に大事である、と述べています。
「人によっては、観光は為替や国際社会の安全を揺るがす無差別テロなどによって大きく影響を受けるので、安定した成長が望ましい『基幹産業としては不安な要素が多すぎる』とか『今の訪日外国人観光客増加は、ただの円安バブルだ』と指摘する方もいますが、実は、観光ほどそのような不測の事態に強く、安定成長が期待できる産業はないのです。」(P39)
まず、アトキンソンさんが提言していることは、(今まではアジアの観光客の訪日が多かったが)今後は、ヨーロッパ(特にドイツ)からの観光客の招致に力を注ぐべき、ということです。これまで、日本は「国際的開放度」(観光ビザの取得を容易にしたり、環境客を迎え入れる姿勢を数値化したもの)を高めたり、「情報通信技術」(WiFiなど)の整備などで、外国人観光客の増加に成功してきましたが、実は観光客一人当たりの日本でお金を使う消費単価はまだまだ低いのです。それは、日本周辺諸国のアジアからの観光客が多いからです。なぜなら、母国と日本との距離が近ければ近いほど日本へきやすく感じ、一回の訪日滞在日数も短くなり、消費額も少なくなるからです。逆に、日本へ来る飛行機代が30万円、40万円もし、飛行機による移動時間が14時間、15時間にもなる国から日本を訪れる人の場合はどうでしょうか? 人間の心理としては、それだけのお金、時間を使ってその国を訪れるのなら、滞在日数をのばし、いろいろな場所を訪れて、その国の文化を学んだり、おいしい食事を楽しんだり、自然に触れたい、と考えるのが自然ですよね。そいうった観光客層がヨーロッパやオーストラリアから来る観光客なのです。(余談ですが、今日本で開催されている「ラグビーワールドカップ」などはまさにそれですよね。4年に一度のイベント試合で、イギリス、フランス、アイルランド、オーストラリア、いろいろな遠距離の国々から観光客が訪れています。彼らは日本滞在期間中、宿泊、食事、移動、買い物などで消費してくれます。また、ラグビーの試合は一試合の間隔が約1週間ぐらいあります。トーナメント戦で、仮に自国チームが勝ったら、次の試合まで日本に滞在し、試合を観戦したい、とついつい日本滞在が長くなるのではないでしょうか。)
本書では、この他、高級ホテルをもっとふやすべきとか、IRもうまく取り組むべき、とか日本のいろいろな産業を観光産業と合わせていくべき、とかいろいろ提言があります。興味ある方は「新・観光立国論」と合わせて読んでみてください。
私がアトキンソンさんの提言を貴重だと感じるのは、(もちろん彼のアナリストとして培った、数字で事実を突き詰めていく姿勢もそうですが)彼の外国人としての視点です。本書において、とても印象的だったところがあります。日本人はたとえば、「オリンピックを東京に誘致する時、「おもてなし」を強調していましたが、その論点も少しズレている。」といいます。 そういえば、国内旅行もかつて、観光地でのお客への対応はまったくもって「おもてなし」とは程遠かった、と思います。特に昭和の経済成長期には、日本人皆がゴールデンウィークとか、お盆の時期に一極集中型で休みを取り観光地へ訪れ、観光地側でもいっぺんに来た大量の観光客をさばくため、違うお土産屋さんで同じ商品を扱い、食事のメニューも独自性がなく、どこでも同じようなもので、トイレや休憩所にしてもどことなく、使いにくく、汚く、狭く、忙しかった、と自分なんかも記憶してますが、彼はそれは「国内の観光業や自治体が『質より量』を重んじる、『一極集中型』の集客や接待を行っていた『昭和の観光業』だったため」といいます。(P128)
また、前述のように観光の基礎条件に一つ「自然」がありますが、それに関しても日本人はつい、「日本の自然には、四季があるから魅力的なのだ。」と言ってしまいがちですが、アトキンソンさんが言うには、「四季のある国は日本以外にも世界中にたくさんある。現に『四季』という曲をつくったのは、イタリア人、ビバルディです。」
「実は、日本の美しい自然を作り出しているのは、『自然災害』なのです。日本ほど自然災害の多い国は、そうはありません。(中略)台風、地震、火山などの自然災害は人間だけでなく、そこに生息する動植物にも大きな影響を与えます。それは『森林が完成しない』ということなのです。災害が多いと自然のサイクルは完成しません。サイクルが完成する前に災害が起こり、それまでの森林における環境が激変します。この新しい環境に適応できた種がどんどん増えて、それまで強かった種と力関係が入れ替わります。その後、新種がつくった環境に適応できる別の種が増え、サイクルは完成に向かいます。このような新陳代謝が繰り返されるので、弱い種も絶滅しません。このようなことが何千年、何万年も繰り返されてきたことで、他の国では見られない多様性に富んだ自然ができあがったのです。」(P140,141)( 実はこれは日本の国立公園のパークレンジャーの方が教えてくれたそうです。アトキンソンさんはその国における「強さ」と「弱さ」は表裏一体である、とよく話しますが、まさにこの「自然災害」とは日本の宿命的な特徴です。。)
以前、ナイキの創業者、フィル・ナイト氏の自伝「シュードック」を読んだ時にも、アメリカのスポーツ産業の大きさを感じましたが、「アメリカのスポーツ産業は、20年前は18兆円規模だったものが現在では60兆円規模まで短期間で急成長した。日本の同産業の規模を考えると、現在、4兆円規模の市場だが16兆円から23兆円まで成長可能。」と、アトキンソンさんは話します。「つまり、日本のスポーツ産業は、本来持っている潜在能力の4分の1しか引き出されていないのです。」(P301) 「日本のスポーツを巨大産業にするには、『観光』や『エンターテインメント』の要素がないと、そこにはスポーツをこよなく愛する『ファン』しかやってきません。そのためには、現在、スポーツを『体育の授業の発想』でとらえている文部科学省(と外局のスポーツ庁)から管轄を外し、『文化・スポーツ・観光省』を創設すべきです。」(要旨:P310) ( 文化、また 文化財や伝統文化も現在は、「スポーツ」同様、文部科学省の管轄で、その位置づけは「学習」「研究材料」というもので、文化を観光産業化する発想がまったくありません。文化もスポーツも観光を結び付けることで、「産業化」できるので、「文化・スポーツ・観光省」を創設すべき、とアトキンソンさんは提言しています。)