「自分探し」から解放される
今日は雨。大雨。
故に金井さんちの手伝いはなし。
ゆっくりな朝
昨夜、ようやく歌ライブの録音を全部通しで聴いた。
なんてったって2時間以上あるからね。ヘッドホンで耳が痛くなる。
そこにはいつもの、普段どおりの私がいた。
MCは7割私がしゃべっているがそれもまるでいつもとおんなじ。
頑張らずに力の抜けた状態で
ケラケラ笑いながら簡単にしゃべっている。
そして、のびのびと歌っている。楽しい録音だ。
半分くらい歌ったあたりからどんどん声が出るようになって
最後あたりは自分でもビックリするくらい
大きな余裕の中で泳ぐように気持ちよ~く。
声がつぶれるかと思っていたのに
まるでつぶれない。ホントに凄かったね。
「頑張らない」とはこういうことなんだね。
どこにも引っかかりが無くて
何一つ無理がかかってなくて
失敗してもどうってことない
…決して素晴らしく上手いわけじゃないけどね笑
聞いてて気持ち悪くない。
それでやたら声が出ちゃう、みたいなねぇ。
すごい。
こんな風になると、本来持っているポテンシャルが
最大限発揮されるんだって思う。
それが想像以上だったから「感動」レベルになった。
それで、作ったCD聴くと
また、いいんだ。これが。
我々のやりたいことは、ここにある。
…やはり、「自分探し」から解放されるというのは
凄いことだと思う。
昔タロットカード一生懸命やってたけど
カードに聞くことから解放されるっていう感じか?
荷物軽くなるしね笑
自分が感じる
自分を感じる
それだけで全ての答えが出ているという気付き
それが100%で絶対的なものだという確信
スピリチュアルという観点から完全に抜けて
自分というリアル
「声」は自分の中だけでしか聞こえてこない
天使も神様も宇宙人も全て
最終的には自分の中の景色の一部として「認識している」こと
それ以上の何も無く、それ以下の何も無い。
(ゼロポイントとして繋がっている、もちろん)
全てが「私」、自分なのだ。
宇宙人と交信できる、天使の声が聞こえる
という場合、そのままの状態でいるということは
宇宙人と交信する三次元意識の地球人であり
天使の声が聞こえる三次元意識の地球人ということだ。
もちろん、それも素敵な過ごし方だと思う。自由だ。
「アセンションする」とコミットする場合は
そこを、超えていく。
スピリチュアルから離れて
カードからも離れる。
自分探しはやめていくことになる。
そこに、一本のラインが敷かれているのがわかるかなぁ。
それを越えるのは「勇気」に似た力がいるよね。
今、私のところに来ているクライアントさんは
そこをどう越えるか、、というところだね。
佳境に入ってきた感じだ。
私は、、というと
このライブの大きなうねりで
若干三次元に戻り気味、、なところ
回復しつつあって
この文章となった。
自分の為に書いている。